テキスト全文
咽頭痛の症例と経過
#1. 45歳女性 咽頭痛の1例~病態生理で紐解く/脱キーワード診断~ 一宮西病院
総合診療科専攻医1年目 古野航多
総合内科リウマチ膠原病内科 若山裕人
#2. 【主訴】咽頭痛
【現病歴】
X年10月13日 夜に家族で焼き肉を食べに行った。その際に左頸部痛出現。
X年10月15日 咽頭痛も出現。
X年10月19日 疼痛徐々に増強しており当院救急外来受診。頸部CTにて異常なく帰宅。
X年10月21日 症状継続し当院耳鼻咽喉科、消化器内科受診。咽頭ファイバー異常なし。
ランソプラゾール開始され、後日GIS予定となった。
X年10月22日 当院脳神経内科受診し、神経疾患ではないとされ、耳鼻咽喉科コンサルト。
再度咽頭ファイバー施行され異常なし。精神科相談も提案されたが、本人当科受診希望あ
り、翌日当科紹介受診。 【症例】45歳女性
#3. 【既往歴】不安障害、過換気症候群にて当院搬送(X-8年5月)
【常用薬】なし
10/21- ランソプラゾール、トラネキサム酸、ロキソプロフェン、ムコスタ
【アレルギー】(本人談)
セフメタゾール、ムコダイン、ツロブテロールテープ
【生活歴】
喫煙、飲酒なし 【症例】45歳女性
耳鼻咽喉科での検査結果
#4. 平素よりお世話になっております。
10/13より咽頭痛あり、10/19ER受診、10/21当科受診。咽頭喉頭内視鏡検査で異常なし。
その後も咽頭痛悪化あり、水も飲むことできず、10/22脳神経内科、当科を受診しました。
再度咽頭喉頭内視鏡検査しましたが、粘膜病変など器質的な異常は認めず、精神科受診も
すすめましたが、希望されず、対応に苦慮しております。一度貴科でも相談してみること
を提案したところ希望されました。お忙しいところ恐縮ですがご高診をお願いいたします。 【耳鼻咽喉科よりコンサルト】
#5. ■頸部単純CT(10/21)
咽喉頭に粗大病変なし。リンパ節腫大なし。その他異常なし。
■咽喉頭ファイバー(10/21,22)
咽喉頭粘膜異常なし。咽頭の唾液貯留なく、嚥下機能良好。 【当科受診までの検査】
頸部痛の詳細な問診
#7. 頸部痛の性状
O:ジュースを飲んだ瞬間の突然の痛み
P:安静にて改善するが、嚥下する際に増強する痛み
Q:ズキズキする痛み
R:左頸部~喉の奥の痛み
S:疼痛ある際は動けないほど痛い
T:嚥下する際に増強し、安静時は軽減する間欠的な痛み 【再度詳しく問診】
#8.
General 車椅子入室 安静時も常に手を震わせている
呼吸穏やか、発汗過多なし
開口にて痛いと発言あり、 1横指開口可能
口腔内:咽頭発赤なし、扁桃腫大なし、舌に異常病変なし
左下顎角付近に圧痛訴えることもあるが、訴えないときもあり
頸部:圧痛なし 甲状腺:腫大なし、圧痛なし 気管つまんでも疼痛なし
皮膚:熱感疼痛腫脹発赤なし、湿疹なし
脳神経:Ⅰ~Ⅻ正
MMT:オール5 腱反射正常 【身体所見】総合診療科専攻医が診察
咽頭痛の解剖と考察
#11. 小脳橋角部に占拠性病変なし
脳幹に異常なし
その他異常所見なし 【頭頸部造影MRI】10/24
#13. 【思考回路】 臓器 etiology 鑑別疾患
頸部痛の原因と考察
#16. 頸部痛
⊃内腔 ⊃咽頭
⊃扁桃
⊃喉頭
⊃食道
【考察】
#17. 頸部痛
⊃内腔 ⊃咽頭 咽頭喉頭ファイバーにて異常なし
⊃扁桃 咽頭喉頭ファイバーにて異常なし
⊃喉頭 咽頭喉頭ファイバーにて異常なし
⊃食道 頸部CT異常なし、GIS予定
【考察】
#18. 頸部痛
⊃外側 ⊃皮膚
⊃筋肉
⊃血管
⊃リンパ節
⊃神経
⊃気管
⊃甲状腺
⊃耳下腺、顎下腺
⊃脊椎 【考察】
#19. 頸部痛
⊃外側 ⊃皮膚 圧痛なし
⊃筋肉 開口障害あるが圧痛なし
⊃血管 雑音なし、圧痛なし、造影MRI異常なし
⊃リンパ節 腫脹圧痛なし
⊃神経
⊃気管 圧迫にて疼痛なし
⊃甲状腺 腫脹圧痛なし
⊃耳下腺、顎下腺 圧痛なし
⊃脊椎 頸部CT異常なし、頚椎MRI未 【考察】
頸部神経の外傷による疼痛
#20.
血管
外傷
【考察】 炎症
代謝/内分泌
薬剤・中毒
腫瘍
変性
先天性
etiology
突然発症 急性 慢性
#21.
⊃神経 ⊃血管 頸部雑音なし、圧痛なし
⊃外傷 【考察】
#22.
頸部痛 → 頸部神経の外傷による疼痛 【考察】
#23.
頸部神経の外傷による疼痛
⊃神経自体の外傷 ⊃神経がちぎれる
⊃神経がねじれる
⊃神経外からの神経への外傷 ⊃血管による神経圧迫
⊃周囲の病変による神経圧迫
【考察】
#24.
頸部神経の外傷による疼痛
⊃神経自体の外傷 ⊃神経がちぎれる
⊃神経がねじれる
⊃神経外からの神経への外傷 ⊃血管による神経圧迫
⊃周囲の病変による神経圧迫
10/24 造影MRIにて病変なし 【考察】
舌咽神経痛の疫学と特徴
#25. 左後下小脳動脈による舌咽神経圧排 【頭部MRI(CISS撮像)】
#26.
左後下小脳動脈による
舌咽神経痛 【診断】
#27.
入院後よりカルバマゼピン開始したが症状改善乏しかった。
本人希望もあり、11月6日脳神経外科にて手術行った。
その後食事摂取も可能となり、11月19日自宅退院となった。 【入院後経過】
#28.
【疫学】
10万人あたり0.2~0.7人で三叉神経痛や後頭神経痛などと比べ発生頻度が著しく低い。
舌咽神経痛の発症率は加齢とともに増加し、50歳以上の成人に最も多くみられる。
1981年の舌咽神経痛のレビューでは、217例の症例のうち57%が50歳以上、43%が18
~50歳の患者であった。
このレビューでは患者の74%が痛みの自然寛解を報告し、痛みが軽減しないまま持続し
た患者はわずか17%であった。
Health Psychol Res. 2022 Jun 28;10(5):36042 PMID(35774913) 【舌咽神経痛】
舌咽神経痛の解剖と原因
#29.
【舌咽神経痛】 【解剖】 Up To Date
#30.
【舌咽神経痛】 【解剖】 Biomedicines 2023, 11(7), 2009
#31.
【機能】
延髄の外側でくも膜下腔に入り、迷走神経と副神経に隣接する頸静脈管と孔を通る。舌咽
神経の頭蓋外節には、それぞれ異なる機能的役割を持つ6つの末端枝がある。
鼓室枝ー耳下腺への副交感神経線維と鼓膜と中耳からの感覚
頸動脈洞枝ー頸動脈小体と圧受容器への副交感神経支配、迷走神経
咽頭枝ー咽頭の感覚
扁桃枝ー口蓋扁桃の感覚
茎突咽頭枝ー茎突咽頭筋の運動制御(嚥下や会話のために咽頭を持ち上げるのを助ける)
舌枝ー舌の後ろ1/3の体性感覚と味覚 【舌咽神経痛】
#32.
【原因】
舌咽神経痛の症例の大部分は特発性であり、特定できる病変は発見できない。
発見できた一般的な原因は隣接する頭蓋内血管構造による圧迫。
血管の場合、後下小脳動脈が原因のことがほとんど。
その他病変による圧迫がある。硬膜動静脈瘤、キアリⅠ奇形、小脳橋角部腫瘍、
くも膜嚢胞、食道腫瘍、イーグル症候群などがある。
放射線治療後や外科的処置後(扁桃摘出、頸部郭清、開頭術)に舌咽神経痛が発症するこ
ともある。 【舌咽神経痛】
舌咽神経痛の診断基準
#33. 【臨床的特徴】
片側性の発作性疼痛、鋭く差すような、電気ショックのような疼痛。疼痛時間は1秒~2
分程度。数週間~数か月続くエピソードのパターンで発生し、より長い寛解期間と交互に
出現する。
疼痛は舌咽神経の領域に感じ、乳様突起、喉の奥、舌の後ろ1/3、鼻の奥、耳管と中耳、
扁桃腺、咽頭が含まれる。通常舌の奥や喉から始まり、顎または耳の奥に広がる。
通常片側性だが、三次医療機関に紹介された症例の約12%が両側性であった。
舌咽神経痛の12%に三叉神経痛が併発する。
嚥下や咳嗽、あくびなどで疼痛は誘発される。
脈拍数減少が約2%で発生し、徐脈性不整脈や心停止、低血圧などの報告もある。
Continuum(Minneap Minn).2021 Jun 1;27(3):665-685 PMID(34048398) 【舌咽神経痛】
#34. 【診断基準】— 国際頭痛分類第3版(ICHD-3)
●舌咽神経の分布 (舌後部、咽頭、扁桃窩、顎角、および/または耳)における片側の痛み
の発作性の繰り返し発作
●痛みには、次の 4 つの特徴がすべて備わっている必要がある。
数秒から2分程度持続する
激しい強度
電気ショックのような、撃たれるような、刺すような、または鋭い性質
嚥下、咳、会話、あくびなどにより誘発される
●他のICHD-3診断では説明できない
【舌咽神経痛】
#35. 【身体検査】
頸部、耳、鼓膜、中咽頭を直接検査および触診すると、腫れや腫瘤性病変が判明するこ
とがある。
嚥下痛の強い患者には、後咽頭および扁桃周囲領域に局所麻酔薬を塗布することがある。
以前のトリガーゾーンの領域で一時的に症状の緩和がみられる場合は、舌咽神経痛が疑わ
れる。
過去は10%コカイン溶液が使用されていたが、徐々にリドカインが推奨されるように
なってきている。
) 【舌咽神経痛】
#36. 【画像検査】
ほとんどの患者に対して造影頭頸部MRIを推奨する。
骨病変が疑われる場合やMRIが禁忌の場合に頭頸部造影CTでもよい。
頸部CTでは、イーグル症候群を示唆する茎状突起が示唆されることもある。
Clin Neurol Neurosurg,2017 Aug:159:34-38 PMID(28527976) 【舌咽神経痛】
舌咽神経痛の治療法と予後
#37. 【疼痛時の心電図】
ふらつき、動悸、失神などの心血管症状を訴える患者は、徐脈性不整脈を評価するため
にホルター心電図を含む心血管評価を行う。
舌咽神経痛患者では、徐脈(27-45回/分)、心静止(6~8秒)、陰性T波変化などの報告が
あり
Cephalalgia. 1983 Sep;(3):143-57 PMID(6313200) 【舌咽神経痛】
#38. MRI CISS画像(constructive interference in steady state)とは、MRIの脳槽撮像手
法の1つで、腫瘍や神経との位置関係を3次元で評価するために用いられる。
水を強調する水強調画像(hydrography)であり、脳脊髄液に囲まれた微細な構造の描出
に優れる。
脳神経や脳神経と血管の位置関係を見たい時などに使われる(内耳道ないの小さな聴神経
腫瘍や、神経血管圧迫など) 【CISS(キス像)】
#39. 【薬物療法】
カルバマゼピンやオクスカルバゼピンが初期治療に使用される(20~30%に効く)。オ
クスカルバゼピンの方が忍容性が高い可能性がある。
J Headache Pain.2014 Jun 9;15(1):34 PMID(24912658)
初期治療に反応しない、または耐えられない患者には、ガバペンチンやプレガバリン、
フェニトインなど使用することもある。初期治療に部分的な反応を見せる患者は、併用で
使用する場合もある。
Eur J Pain.2002;6(5):403-7 PMID(12160515) 【舌咽神経痛】
#40. 【非経口薬物療法】
超音波ガイド下神経ブロックを行う場合や中咽頭レベルで局所麻酔薬を投与する方法も
ある。
J Pain Res.2019 Aug 8:12:2503-2510 PMID(31496791)
静脈内ホスフェニトインは、神経外科的治療を待つ難治性舌咽神経痛患者の小規模研究
で有用との報告もある。
Journal of Clinical Neuroscience 11 Oct 2021,94:59-64 PMID(36093916) 【舌咽神経痛】
症例からの学びと総合内科の特徴
#41. 【外科的治療】
少なくとも2種類の薬剤を使用しても反応しない、または疼痛に耐えられない患者
舌咽神経の微小血管減圧術(MVD)は開頭手術によって行われ、舌咽神経から血管構造を
分離する。圧迫の再発を防ぐため、通常は血管と神経の間に綿球が配置される。画像検査
にて神経血管圧迫が判明している場合に行う。
MVD直後の患者の90%以上は有意に疼痛が軽減し、1年後の追跡調査では98%が疼痛が
なかった。
Journal of Neuro-oncology,22 Nov 2021,156(1):97-108 PMID(34920419)
開頭手術が受けられない患者や以前の開頭手術に失敗した患者には、定位放射線療法
(SRS)が選択肢となる。鎮痛効果は、治療後2~11週間程度現れる。合併症としては主に咽
頭の知覚低下が報告されている。
Neurosurg Rev.2023 Feb 2;46(1):47 PMID(36725770)
【舌咽神経痛】
#42. 【予後】
舌咽神経痛の予後は様々で、患者によっては自然寛解や薬物療法による効果的な鎮痛が
報告されている。
1922~1977年にかけて舌咽神経痛217人のうち、161人が自然寛解した。その期間は
6ヵ月~5年以上と様々であった。
舌咽神経痛の予後不良因子としては、両側性疼痛、重度の疼痛発作、画像診断にて圧迫
性病変の欠如などがある。
【舌咽神経痛】
#43. 頸部痛は内側か外側かの臓器をイメージし、その後発症経過から病因で疾患を考えてい
くとよい。
神経痛を訴える患者は精神的疾患と間違われやすく、論理的に診断過程を考えていくこ
とが重要と感じた。 【症例からの学び】
総合内科での経験と学び
#45. 主に感染症、複数の臓器障害を抱えた複雑症例、リウマチ膠原病疾患、診断不明症例
などを担当。
内科医としてのベースを作りと並行してリウマチ膠原病の専門性、基本的な感染症診
療を学べる。
スタッフ4名(リウマチ科・血液内科・循環器・感染症科出身)、専攻医2名、初期
研修医ローテーション2-5人
2チーム制、病棟合計患者数平均50-70人/日
提携病院は、麻生飯塚病院、東京医療センター、倉敷中央病院、松波総合病院、帝京
大学ちば総合医療センター、豊田地域医療センター、安房地域医療センター、栃木医療
センター等。希望に合わせて提携先増やしていくことも可能。
Teamsの学びチャンネルにて毎日論文の情報共有あり
最近は松波総合病院との合同勉強会等課外活動も開始 【総合内科の特徴】
#47. 舌咽神経痛
ギランバレー症候群
ネフローゼ症候群
気道穿孔による縦隔炎
GBS髄膜炎
仙腸関節炎
IgG4関連疾患
IgA血管炎
感染性心内膜炎
CMML
【半年間で総合内科で出会った疾患】 肝膿瘍
化膿性関節炎
カンピロバクター回盲部炎
侵襲性肺アスペルギルス症
irAEの副腎不全と関節痛
C. acnes心内膜炎
側頭動脈炎
ANCA関連血管炎
眼窩隔壁蜂窩織炎
ツツガムシ病
リステリア髄膜炎
結節性紅斑
反応性関節炎
心臓内MTXリンパ腫
STSS
腹腔内膿瘍
血管内リンパ腫
SLE 心嚢液貯留
乾癬性関節炎
強皮症
など
#48. おすすめ松波総合病院総合内科YouTube: 【臨床推論】
症例へのご質問・後期研修希望・質問はFacebookかメールでどうぞ(若山)
ご気軽にご連絡ください。(Email:sss.uni.ub@gmail.com)
病態生理から考えられるようになりたい若手の先生ぜひおまちしています
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