テキスト全文
小栗太一医師のプロフィールと著作
#2. Profile 小栗 太一
Taichi Oguri ▶ 現職
独立行政法人労働者健康安全機構
旭労災病院 総合内科主任部長
▶主な資格
日本内科学会指導医,認定内科医,
総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会指導医,
プライマリ・ケア認定医
日本糖尿病学会専門医
日本専門医機構総合診療領域 特任指導医
日本病院総合診療医学会認定医
産業医
▶趣味
息子や娘と遊ぶ,読書
#3. 【書籍】
研修医のための
魔法のロジカル診断学
(じほう)
【連載】
劇的に診断力が上がる!
診断推論×ロジックツリー
(羊土社 ウェブGノート月刊連載)
・主に専攻医以上向け(研修医もOK)
・小説風の内容でしっかり学びたい人 主な著作 メ〜太と学ぶ問診わくわく☆レクチャー
(羊土社 レジデントノート月刊連載)
・主に研修医向け(それ以上もOK)
・コミカルな内容でサクサク簡単に通読できる
・症候別に約50症例のケースを収録 ▼内容紹介▼
・ロジックツリーで診断力UP
・外来・ERで大活躍の3STEPの問診
・浮腫の原因を簡単に見抜く
・失神・TIA・てんかん,鑑別できる?
・身体所見でショックを即分類
・女性の腹痛診断のポイント
・不明熱を得意にする方法
・膠原病の不明熱:5つ覚えるだけ
・ABCDEで意識障害を実践的に診察
・緊急性の高い胸痛を瞬時に見抜く
・関節炎を正確に診察する
・・・など楽しく学べます! ・研修医向け(医学生もOK)
・体系的な問診のやり方を漫画で学べる
シロクマ先生の森のレストラン訪問
#4. 深い森のなかを歩き回って迷子になったシロクマ先生。
気づけば、お腹はぺこぺこ。足取りもふらふらになっていたところ、木立の間からぽつりと看板が見えました。
「こんな森の中にレストランがあるなんて。丁度よかった。空腹でもう倒れそうだし、とにかく中に入ってみよう。」
#5. 入口の扉を開けると、中は洗練された内装で素敵な雰囲気。
しかしお昼時にも関わらず客席はほとんど空いています。
「あれ~?ずいぶん綺麗なお店なのに、
どうしてこんなにもガラガラなんだろう…?」
#6. 店内を見渡し、厨房へ近づくと、そこにはアシカシェフがしょんぼりした顔でため息をついています。
アシカ「あぁ、…いらっしゃい。ここは森のレストラン。私が海の味を再現した『塩味の宝石スープ』が人気のお店なんですよ。 でも、最近はお客さんがめっきり減ってしまってね。もしよかったらスープでもいかがですか?」
薄味の原因を探るための初期診断
#7. シロクマ「なんで、急にお客さんは減ってしまったんですか?こんなにも素敵なお店なのに。」
アシカ「それが、最近、急にお客さんから『塩味の宝石スープ』が薄味だと言われるようになってしまって。私は何も材料や調理法は変えていないのですが…。それ以来、この店のスープは美味しくないと評判になってしまって、お客さんの足が遠のいてしまったんです。」
シロクマ「そうだったんですね。」
#8. シロクマ「でも、急に薄味に変わるなんて不思議ですね。う~ん、どれどれ。たしかにとても味が薄いですね。良ければ理由を一緒に探してみませんか? 実は、僕は診断推論が専門の医師なんです。こういった“塩味の薄さ”の原因を調べることは、じつは低ナトリウム血症の鑑別とそっくりなんですよ。」
アシカシェフは少し驚いた表情を見せます。
アシカ「低ナトリウム血症…? 料理とお医者さんの話が結びつくなんて驚きですが、ぜひお願いします。どうしたらこの『薄味問題』を解決できるんでしょう?」
#9. シロクマ「僕たちは塩が薄い時(低Na血症)の鑑別は次の3つのステップで原因を考えます。」
●STEP1:他のものが混じって味が薄く感じている のではないか(高浸透圧・偽性の除外)
●STEP2: 煮込み時間(尿浸透圧)は適切か
●STEP3: 大鍋の水分量(体液量)はどれぐらいか
アシカ「ほうほう、ただ塩が少ないから足せばいい…、というわけではないんですな。」
シロクマ「はい、原因を考えて適切に対処することが大切なんです。」
#10. シロクマ「最初のステップは、“偽性”と“高浸透圧性”の除外です。“偽性”とは、本当は塩分が足りていないわけではないのに、脂肪やタンパク質が多くて、舌が塩味が薄いと錯覚してしまうこと。“高浸透圧性”は糖分などが多すぎて水が増えて薄味になることです。」
(スープをひとくち味わう)
シロクマ「でもこのスープは脂も少なめ、タンパク質も普通で、砂糖たっぷりでもなさそう。偽性も高浸透圧性でもなさそうですね。」
アシカ「うちは健康志向なので脂も糖分も控えめにしてます。となると、やっぱり本当に塩が薄いってことですか…。」
高脂質 高蛋白 高血糖 STEP1:高浸透圧・偽性の除外
低ナトリウム血症の鑑別診断のステップ
#11. ●高浸透圧性低Na血症:血漿浸透圧 (POsm) > 295 mOsm/kg H₂O
溶質が血中に増加し、細胞内から水が移動して血中のNaが希釈される。
原因例:高血糖、マンニトール、造影剤 STEP1:高浸透圧・偽性の除外
●等浸透圧性(偽性)低Na血症:血漿浸透圧 (POsm) 280~295 mOsm/kg H₂O
血漿中の固形分(脂質、蛋白質など)の増加があり、相対的な水分の割合が減少することで、計測方法の問題で実際よりもNa値が見かけ上で低値に出てしまう状態。
原因例:高脂血症、高蛋白血症(多発性骨髄腫など) ●低浸透圧性低Na血症:血漿浸透圧 (POsm) < 280 mOsm/kg H₂O
真の低Na血症であり、後続の評価(尿浸透圧や体液量評価など)へ進む。
#12. シロクマ「次は、煮込み前の大鍋の塩気と、最終的に提供される一皿の塩気を比べてみましょう。これは尿浸透圧の評価に似ています。調理の過程で十分に煮込めば、余分な水分がとんで塩気は濃縮される(尿浸透圧が高い)はずです。調理時間が短い場合(尿浸透圧が低い)は水が多すぎる水中毒のような状態が考えられます。」
アシカ「うちは一晩じっくり煮込むので、煮込み不足はないはずです。」
シロクマ「それなら、今回の薄味は、大鍋投入時に塩分が十分加えられていなかったか、水分が多かった可能性が高いですね。」
STEP2:尿浸透圧の評価
#13. 尿浸透圧 (UOsm)は、腎臓から自由水が適切に排泄されているか(ADHの分泌状況を反映)を把握するために重要な情報。尿浸透圧が低い場合は、原因として水中毒や低溶質摂取を疑い、高い場合は自由水排泄障害を示唆する。
●尿浸透圧が低い (< 100 mOsm/kg H₂O)➡水でしゃびしゃび
・ ADH分泌が抑制され、十分な自由水排泄が行われている状態
・ 水中毒や溶質摂取不足(例:beer potomaniaなど)で見られる
●尿浸透圧が高い (> 100 mOsm/kg H₂O)➡濃縮スープ
・ 自由水排泄が障害され、尿が濃縮されている状態
・ ADHが不適切に分泌されている場合に多い
STEP2:尿浸透圧の評価
#14.
アシカ「塩分に関しても、うちはスープに入れる塩のグラム数もきちんと決めています。 」
シロクマ「煮込み時間に問題はなく、大鍋にいれている塩分の量も一緒となると…、あとは水分の問題ですね。」
STEP3:体液量による分類
体液量と尿浸透圧の評価方法
#15. シロクマ「では最後に、調理前の大鍋の水分量を考えます。これは低ナトリウム血症でいう“体液量”です。鍋に水が溢れるほど多いのか、普通か、ほとんど空か…。それによって原因が絞れるはずです。」
アシカ「水は毎日ほぼ同じ量をはかって仕込みに使っているので普通量で変わっていないはずです。塩も水分も、料理前の仕込み量にはミスがないはずなのに、完成品のスープが薄い…。おかしいですよね?」
シロクマ「はい、調理前の大鍋の水分量、すなわち体液量が“正常”なのに薄味ということは、何らかの理由で調理の途中で余計な水が加わっている(ADHの分泌が亢進している)状況が考えられますね。」
STEP3:体液量による分類
#16. ●低容量性低Na血症(Hypovolemic Hyponatremia)➡大鍋は空に近い
特徴:体液量減少、脱水症状(起立性低血圧、皮膚や舌の乾燥など)
原因:【非腎性】下痢、嘔吐、発汗などによる外因性Na喪失
【腎性】利尿薬、塩類喪失症候群(CSWS等)
●正常容量性低Na血症(Euvolemic Hyponatremia)➡水分量は適切
特徴:体液量は正常だが、ADHの影響でNaが希釈されている
原因: SIADH、副腎不全、重度の甲状腺機能低下
●高容量性低Na血症(Hypervolemic Hyponatremia)➡大鍋に水が多い
特徴:体液量過剰(浮腫、胸腹水など)
原因: 心不全、肝硬変、腎不全(ネフローゼ症候群など) STEP3:体液量による分類
#17. ●低容量性低Na血症(脱水)・出血、下痢、嘔吐、利尿薬などで水とNa⁺が同時に失われる ・腎血流低下によりRAA系が活性化 → Na⁺再吸収促進(Una低下) ・ADHも分泌亢進→ 水再吸収のほうが相対的に強まることで低Na血症が生じる
●正常容量性低Na血症(SIADHなど)・血漿浸透圧は正常だがADHが持続的に分泌される異常な状態 ・原因:中枢性疾患、肺疾患、悪性腫瘍、薬剤(SSRI、カルバマゼピンなど)・ADH過剰により自由水排泄が抑制され、Naが希釈される ・有効循環血漿量の低下はないのでRAA系の活性化はない(レニン低値)
● 高容量性低Na血症(浮腫、胸腹水)・心不全、肝硬変、ネフローゼ症候群などで体内の総水分量は増加しているが、 血管内は相対的に血流不足→腎臓は「体液量が足りない」と誤認 → RAA系とADHを過剰に活性化、水再吸収が相対的に強いため低Na血症に STEP3:体液量による分類 なぜ、ADH分泌が
亢進するのか?
#18. ◆FEUA(腎臓での尿酸の排泄効率)の評価
FEUA = (尿中UA×血中Cr) ÷ (血中UA×尿中Cr) ×100 (%)
・【SIADHの場合】
尿酸の再吸収が低下するため、FEUaは通常10~12%以上になる。
・【低容量性低Na血症の場合】
体が尿酸を保持しようとするため、FEUaは低く(一般的に8%未満)なる。
◆UNa(尿中ナトリウム濃度)の評価
・【UNaが30 mmol/L以下の場合】
体液量が低下している(腎がNaを保持している)状況、または心不全や肝硬変
などでNa保持が働いている。
・【UNaが30 mmol/Lを超える場合】
SIADHや、利尿薬使用、塩類喪失症候群など、腎性のNa喪失が疑われる。
STEP3:体液量による分類 FEUaとUNaの活用
バゾップのイタズラとその理由
#19. ・低容量性低Na血症の場合:
脱水サイン(起立性低血圧、皮膚の乾燥など)が認められ、UNaは低く、FEUAも低い。ただし利尿剤ではUNaは高くなる。
・正常容量性低Na血症(主にSIADH)の場合:
明らかな浮腫はなく、UNaは高値(30 mmol/L超)、FEUAも高値(10~12%以上)
・高容量性低Na血症の場合:
浮腫や胸腹水がみられる。心不全や肝硬変では、体はNaを保持しようとするためUNaは低めに、腎不全では状況によりUNaが高くなる場合がある。
STEP3:体液量による分類 まとめ
#20. キツネ「よーし…、今日も誰もみていないうちに… 鍋の中に水を足して…っと。」
アシカ「むむッ!あれは見習いコックのキツネの バゾップじゃないか!あやつが水をいれて おったのか!!」
#21. アシカ「コラッ!バゾップ。お前さんの仕業だったのか。イタズラしおって!」
バゾップ(キツネ)「ご…、ごめんなさい…。でも…。」
アシカ「言い訳するなッ!今日でお前さんはもうクビだッ」
シロクマ「待ってください。バゾップさんにも何か水をいれた理由があるのかもしれませんよ。詳しく事情を聞いてみませんか?」
#22. バゾップ「実は…貧しいウサギの親子が、たまの贅沢にうちへ来てくれるんです。でも、その子が濃い味のスープを飲めなくて…。だから、その子のためにこっそり薄味にしてあげようと…。」
アシカ「そうだったのか…。それは優しい気持ちだが、他のお客様のスープまで薄味になってしまうのは困るな。」
シロクマ「それなら、その子専用に薄味のスープを別に作って届けてあげましょう。そうすれば、みんなが美味しく楽しめて、誰にも迷惑がかからないですよ。」
森のレストランの繁盛と低Na血症のまとめ
#23. ~数日後~
バゾップ「シェフ、今日も大繁盛ですね。先ほど例のウサギの親子も来てとても喜んで帰ってくれました。」
アシカ「それはよかった。今日も忙しいからよろしく頼んだぞ。バゾップ。」
バゾップ「はい、わかりました!」
#24. 森のレストランはそれからというもの再び大繫盛。
『塩味の宝石スープ』はレストラン一番の人気メニューとして世界中からお客さんが食べにくるそうです。
シロクマ先生もすっかりこのレストランのファンになってしまったようで、今では毎日通っているようですよ。
~おしまい~
#25. ●STEP1:他のものが混じって味が薄く感じている のではないか(高浸透圧・偽性の除外)
●STEP2: 煮込み時間(尿浸透圧)は適切か
●STEP3: 大鍋の水分量(体液量)はどれぐらいか
最後にもう一度低Na血症の鑑別手順のまとめ