#4.
看取りの作法の教育について 皆さんはどのように看取りの作法を覚えましたか? おそらく、研修医の時に指導医が行う様子をみて、 それを真似しているのではないでしょうか? 医学教育においても看取りの作法についての講義などはなく、 閉鎖的な文化を継承していることが大半だと思います 独り立ちすると他の医師が看取る場面を目にすることもほぼなく、 作法について考える機会も少ないでしょう
#5.
看取りの際の言葉について 先程のエピソードにも登場した 「ご冥福をお祈りします」 という言葉はテレビなどでも頻繁に使われており、 一般的に浸透している言葉です しかし、 実はこの言葉が適切でない状況がある のも事実なのです この言葉について深堀りしていきます
#6.
冥福とは 冥福というのは仏教用語です ちなみに文化庁の宗教年鑑令和3年版によると、 日本の仏教の信者数は約8,400万人とされています。 なので、大半の日本人にこの言葉を使ってもいいような気もします 冥 = 冥界、冥土、死後の世界 福 = 幸福 単純に理解するなら、「死後の世界の幸福」という意味です ですが、この言葉を理解するには仏教の死生観を知る必要があります
#7.
仏教における死生観その1 仏教において、生命は「輪廻転生」を繰り返します つまり、死後何度も形を変えて生まれ変わります 死後生まれ変わる場所の候補は、 六道(天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道) となっており、生前の行いで決まるとされています これら六道は程度の差こそあれ、仏教においては苦しみの世界です 仏教ではこの輪廻転生から抜け出し、(「解脱」) 二度と生まれ変わらない安息の地にたどり着くことが究極の目標です
#8.
冥界その1 仏教辞典によると 「冥界は六道の中でも三悪道(畜生道、餓鬼道、地獄道)を指し、 特に地獄道に通ずる」 と解説されています つまり「ご冥福をお祈りします」は極端な言い方だと、 「地獄でさまよわずに、無事転生できますように」 と言っているようなものですので、 使うべきではないという仏教学者もいます
#9.
冥界その2 仏教からは離れますが日本人のイメージとして、 「冥界=黄泉の国」 というのもあると思います 黄泉の国は「古事記」や「日本書紀(黄泉と表記)」に登場し、 イザナミノミコトの死後、イザナギノミコトが追って入った世界です あくまで神話の内容ではありますが、 黄泉の国は汚れていて穢れた世界、とされています そのようなところに送り出されても…と思うのは私だけでしょうか?
#10.
仏教における死生観その2 「輪廻転生」が仏教の基本的な死生観ですが、 全ての宗派が同じ死生観というわけではありません 浄土宗や浄土真宗といった浄土系では、 「念仏を唱えることで極楽浄土に生まれ変わる(極楽往生)」 と考えています 極楽浄土は六道とは異なる世界で、輪廻から外れています 浄土系の信者は亡くなると極楽往生が決まっているのです
#11.
仏教における死生観その3 冒頭で私が看取った患者さんは、 既に阿弥陀如来に迎えられ、極楽往生を果たしていました そのため、ご家族の方からご指摘を受けたのだと思います 浄土系の信者数は、宗教年鑑によると約2,200万人です その中でも特に多いのが浄土真宗本願寺派と大谷派で、 それぞれ約780万人と730万人の信者がいるそうです 臨床の現場でも相当な確率で遭遇しますね それでは、仏教以外の宗教ではどうなのかもみてみましょう
#12.
神道における死生観 仏教と並んで日本に信者の多い宗教が神道です 実は仏教よりも信者の数が多くて約8,800万人います あれ、仏教の信者と合わせたら日本の総人口より多くないですか? おそらく、統計手法の問題と日本らしい神仏習合の結果なのでしょう 神道では、亡くなった方は氏神となり子孫を守る存在になります ですので死後の世界という概念がないため、 「冥福」という言葉は使いません
#13.
キリスト教における死生観 日本ではあまりメジャーではありませんが、 キリスト教系も全国に200万人弱の信者がいます カトリック、プロテスタント、聖公会、正教会で少し異なりますが、 概ね人は死後、神のもとへ召されるため祝福すべきことと考えます 神のもとで復活のときが来るのを待ちます ちなみにですが、人が亡くなった時の言い方として、 カトリックは「帰天」、プロテスタントは「召天」、 聖公会は「逝去」、正教会は「永眠」と使い分けます
#14.
イスラム教における死生観 日本ではかなりマイノリティなイスラム教徒ですが、 全世界では19億人の信者がいると言われています イスラム教でもキリスト教と同じく、 死後は神のもとへ帰り復活の時を待つ、と考えます。 現世は真実の生である来世のために生きる期間ということのようです。 一神教であるキリスト教、イスラム教でも、 死後の行き先が決まっているので「冥福」は使いません。
#15.
まとめ 「ご冥福をお祈りします」は、 故人の死後の世界で幸福を祈る言葉、ではあるのですが、 故人の宗教観・死生観によっては失礼にあたる可能性がある表現です 仏教:使ってもよいが、使わないほうがいいと思っている人もいる 浄土系の仏教:使わない 神道:使わない キリスト教:使わない イスラム教:使わない
#16.
私が実践していること 現在、私が救急外来で看取りを行う場合は、 死亡時刻の宣告と軽く頭を下げるだけにしています 家族に何か言葉をかけたくなる気持ちもありますが、 たいていは突然のことに動転しているため、 受け入れるまでの過程を静かに見守ることにしています 「後ほど話がありますので、聴く準備ができたらお声掛けください」 と言って、医療スタッフは離れ、家族に患者の傍で過ごしてもらいます ※話:死因や追加で行うAutopsy imagingの説明など
#17.
最後に 亡くなられた患者やその家族にかける言葉は、 グリーフケアになることもあれば、 反って傷つけてしまう可能性を秘めています ※グリーフケア: 身近な人との死別を経験し、悲嘆にくれる人が立ち直れるように 支援する取り組み 普段の診療ではなかなか気にしない部分かもしれませんが、 このスライドが考えるきっかけになっていただけると幸いです
#18.
Take Home Message Tips 1: 「ご冥福をお祈りします」は意味を理解して 浄土系以外の仏教を信仰する方にのみ言いましょう (家族ではなく、故人に向かって) Tips 2: わからない時はシンプルに看取りましょう
#19.
参考文献・webサイト ・石田瑞麿,例文仏教語大辞典,小学館,1997年 ・文化庁「宗教年鑑」令和3年度版 ・橋爪大三郎,死の講義,ダイヤモンド社,2021年 ・大谷大学「教員エッセイ読むページ 生活の中の仏教用語」 https://www.otani.ac.jp/yomu_page/b_yougo/index_bn.html 最終閲覧 2022年2月23日 ・宗教情報センター https://www.circam.jp/ 最終閲覧 2022年2月23日 ・Wikipedia「キリスト教における死」 https://ja.wikipedia.org/wiki/キリスト教における死 最終閲覧 2022年2月23日