テキスト全文
無菌性髄膜炎の基本と不安感の要因
#1. Daisuke Yamamoto
Department of Neurology, Shonan Kamakura General Hospital. Solid treatment for Aseptic meningitis 手堅い、
無菌性髄膜炎診療。
#2. Introduction 無菌性髄膜炎は基本的には良性疾患であり、
支持的療法で改善が得られます。
ただし、診療には不安感があります。治療者の不安感の理由は以下です。
無菌性髄膜炎という病名が多様な疾患からなる複合的疾患概念であること。対象患者は若年者が多いこと。診断の不確定さがあること。診断に自信が持ちにくいこと。多くの良性疾患の中にbenignとは言いにくいピットフォール疾患が混ざっていること。臨床経過を見ながらでないと最終的に安心できないこと。
本スライドは、この不安感を少しでも減らせるよう、
手堅い無菌性髄膜炎診療ができるようになることが目的のスライドです。
髄膜炎と脳炎の重要な鑑別
#4. 髄膜炎と脳炎がある。中間のタームの髄膜脳炎もある。
髄膜炎では、頭痛、発熱、項部硬直、光過敏が主症状で、悪心/嘔吐症状も随伴しうる。項部硬直、髄膜刺激症状がメイン。
脳炎では、意識障害や運動・感覚障害、異常行動、発語障害などの大脳実質由来の異常を伴う。脳炎では、検査/治療方針が異なる。
→重要な鑑別である脳炎を評価するために、頭部造影MRIは入院後に施行しておくことが「手堅い」。特に単純ヘルペス脳炎の可能性を検討。 髄膜炎診断における、
診断ピットフォールとしての脳炎
→鑑別のための頭部MRI施行は「手堅い」。
細菌性髄膜炎の鑑別と治療方針
#6. ●先行抗菌薬があり培養が当てにならない、●髄液糖の低下がある、●多形核球優位である、●細胞数増多が顕著である、蛋白増多が顕著である、●易感染性宿主である、高齢である
これらの条件がある場合には、抗菌薬は投与するのが「手堅い」。培養結果を待ちながら、一定期間の抗菌薬投与をする方針で。また、多型核球優位でもその他所見からウイルス性を疑う場合、抗菌薬投与しながら入院数日後の髄液再検も行うと、なお「手堅い」。髄液再検については後述する。 無菌性髄膜炎の最大の鑑別疾患は、細菌性髄膜炎
→疑わしければ抗菌薬投与は躊躇しない。
髄液検査の基準と重要性
#8. 経験的には、数日間の38-40℃の高熱を伴う頭痛、で検査している。
ただし、重症疾患である細菌性髄膜炎の可能性も含んでいるので、やはり髄膜炎を疑う場合には髄液検査は施行すべきである。
また、特定のウイルス感染を疑う先行症状がある場合には、積極的な施行を検討。性器ヘルペス、帯状疱疹、ムンプスウイルス感染が先行する場合には、これらウイルスに起因した髄膜炎を疑う。成人ではエンテロVが原因ウイルスとして最多であるが、次いで単純ヘルペスウイルス(HSV)、 帯状疱疹ウイルス(VZV)、ムンプスVが原因になりうる。一方、インフルエンザウイルスは原因として稀であるとされる。ただし、成人でもインフルエンザは「脳症」に留意は必要である。 髄液検査の基準は明確にはない。
疑わしければ施行。
特定ウイルスの先行感染は疑う参考になる。
ルンバール手技の成功要件
#10. とにかく、よい体位を作ることが、髄液検査の最大の成功要件と思います。不十分な体位では、検査に時間がかかり、患者負担も大きくなってしまいます。01が最も重要です。
姿勢をつくったら、まっすぐ穿刺。
だめなら、解剖学的に妥当と考えられる頭側に振って穿刺。
これでだめなら、やはり姿勢を作り直すこと。
姿勢を作り直したら、再度02と03で試してみる。
アプローチの方法を統一すると、手技に迷いがなくなります。また、他人に教えるときにもわかりやすいです。
髄液検体の取り扱いと知識
#12. 髄液検査についての詳細が記載された良著があるので、興味がある人はぜひ購入して勉強してほしい。以下内容は知っておいてください。
1)細胞数が多く含まれる1本目を髄液一般検査に出すこと(traumatic tapがある場合は血液がなくなった検体を提出。血液が混ざると細胞数、蛋白とも評価が困難になる)、2)1時間以内に検査室へ提出すること(時間で細胞数が減る)、3)保存検体も提出すること、4)糖低下とは、髄液糖が血清糖の50%以下であること
何度も検査をするのは労力なので、初期評価の取り忘れが少ないよう、一通り最初から本スライドのルーチン検査を提出する方針で。 検体については以下のことを
一応知っておいてください。
→推薦図書:髄液検査データブック(太田浄文、石原正一郎 著)
無菌性髄膜炎の鑑別診断と検査
#14. 無菌性髄膜炎
→狭義にはウイルス性だが、
そのほかにも色々ある。 ウイルス性
エンテロウイルス、HSV、ムンプスV、
VZV、HIV
CMV、EBV、HHV6
自己免疫性疾患
SLE
サルコイドーシス
ベーチェット病、フォークト・小柳・原田病
関節リウマチ、still病、シェーグレン症候群
真菌性
クリプトコッカス(最多)
カンジダ、アスペルギルス
結核性
その他まれな感染症
梅毒、ライム病、寄生虫など
癌性髄膜炎(髄膜癌腫症)
薬剤性
有名なのはNSAIDS
#15. 全症例すべての
鑑別カバーは
必要ないので、右記を
検査の初期標準評価
として提案する。 ウイルス性
HSV
自己免疫性疾患
サルコイドーシス
真菌性
クリプトコッカス(最多)
結核性
稀な感染症
梅毒
検体検査と画像検査の重要性
#16. 血清 ACE(サルコイドーシス)、梅毒
血液培養 2セット
髄液 一般、HSV DNA PCR、クリプトコッカス抗原
髄液培養 細菌(グラム染色、培養)、真菌(墨汁染色・培養)
結核(抗酸菌塗抹・培養・PCR) 検体検査について
→以下は悩まずルーチンで施行しよう。
あとは易感染性 などの背景から追加する方針で。
#17. SLE所見?腺症状? →SLE、 シェーグレン症候群背景の髄膜炎
眼症状ある? →ベーチェット、サルコイドーシス、原田病
外陰部皮疹? →HSV感染疑い
痂皮化のある皮疹? →VZV感染疑い
悪性腫瘍の合併? →髄膜癌腫症の可能性
免疫不全者? →結核、真菌、まれな感染症の可能性 身体所見について
→初期評価はルーチンで以下について注目して評価。
#18. 造影頭部MRIの施行目的
脳炎の除外、結核性髄膜炎の除外
脳膿瘍(細菌性、真菌性)の除外
全身造影CTの施行目的
真菌感染の評価(肺病変)
サルコイドーシス(肺病変)、悪性腫瘍(髄膜癌腫症) 画像検査
→頭部MRIと全身造影CTは
重大な疾患鑑別のため施行しておくのが手堅い。
頻度の低い鑑別疾患と合併症
#19. 頻度の低い鑑別は、サイトメガロウイルス、癌性髄膜炎、スピロヘータ、リケッチア、薬剤性、HIVなどが挙げられる。
これらは特殊なシチュエーションで検討する。また、免疫不全者ではまれな感染性疾患の可能性も考慮する。
どうしても診断がつかなくて診断が必要な場合には、これら初期評価でカバーしていないものを改めて想起すること。 頻度の低い疾患について
無菌性髄膜炎の治療アプローチと患者説明
#21. 狭義には、単純ヘルペスウイルス(HSV)感染による、
広義には無菌性髄膜炎に合併する、仙骨神経根障害による排尿障害を指す。
HSVにつぎ、VZVは2番目に多い原因ウイルス。
HSV、VZV感染でも診断のヒントになる皮疹を伴わないこともある。
自然軽快が期待できる合併症とされている。
→無菌性髄膜炎の合併症の可能性として、患者説明が必要。 エルスバーグ症候群 (meningitis retention syndrome)
→無菌性髄膜炎に合併する排尿障害
#22. 大半は、HSV-2感染によるとされる。広義には、良性再発性の無菌性髄膜炎を指す。かなり稀ではあるものの、再発性の可能性について、退院時に患者説明を。 モラレ髄膜炎
→再発性の無菌性髄膜炎。再発の可能性ある。
#24. 無菌性髄膜炎として評価できるなら、基本的には支持的療法でよい。やはり髄液所見が最も頼りになるので、髄液所見をもとに、細菌性髄膜炎をカバーするかどうかを検討することになる。初期療法は以下。
アセトアミノフェン投与
グリセオール投与
(アシクロビル投与)
ACVの経験的投与は、手堅い診療として検討してもいいかもしれないが、ガイドライン等では特に推奨されていない。ACVは成人の原因ウイルスとして比較的認められる、HSVとVZVをカバーしている。HSVは脳炎の場合にはACV投与は必須で、可及的速やかな投与が求められる。HSV脳炎はcriticalな疾患である。髄膜炎か脳炎か悩む場合には、副作用説明をしながら、経験的投与としてよいと思われる。
NSAIDS使用については、先行して使用された場合の原因薬剤の可能性があるが、使用してもよい。ここでは「手堅い診療」をモットーにしているので、NSAIDSは使用しないのもありだと思う。
#25. 髄液検査で先述の細菌性髄膜炎を考慮する必要がある所見があれば、
抗菌薬は細菌性髄膜炎に準じて投与する。
免疫不全者であれば、なおさらこの判断は推奨される。
糖低下や細胞数高値などがあれば、抗菌薬投与は「手堅い」診療である。
ウイルス性疑いでも細菌性髄膜炎の診断について悩むなら、抗菌薬投与の上、髄液検査を入院後再検する。ウイルス性でも発症直後は多形核球優位であることがあり。再検で、多形核球優位から単核球優位に変化あるなら、ウイルス性を示唆する。翌日~数日後の再検で、単核球優位を確認することで、ウイルス性らしい、診断の一助になる。
また、後日の培養結果で、髄液/血液培養陰性が確認できるなら抗菌薬は一定期間投与で、終了を検討する方針となる。
細菌性か否かが心配なら、抗菌薬投与の上で、入院後早期に髄液再検が「手堅い」診療である。
#27. アシクロビルは、腎障害があれば減量投与が必要である。アシクロビル腎症・アシクロビル脳症のリスクがあり、副作用には十分留意が必要。
NSAIDS併用投与、脱水症、高齢者
これらのリスクとなりうるので、腎機能は細かくフォローすること。
十分な溶解液量(ACV250mgあたり100mL以上で希釈)で、時間をかけて投与する(一回投与量を2時間以上かけて)と副作用予防になると言われている。十分な補液をしながら、腎機能に注意しながらフォローが大切。 アシクロビル
→腎障害に留意。腎障害のリスクについて知る。
→対処法も確認。
#29. 「手堅い」病状説明は以下を行うこと。
無菌性髄膜炎として保存的治療を開始する。ウイルス感染症疑いと考えられる。ただし、他疾患(髄膜脳炎、真菌性/結核性髄膜炎、自己免疫性疾患、薬剤性など)の可能性もありうる。慎重に経過を見ていく必要がある。
ウイルス性として考えられたとしても確証が得られにくい髄液所見の場合には、抗菌薬投与は行う方針としている。細菌性髄膜炎がある程度否定できると判断した時点で抗菌薬は終了する。
ヘルペス脳炎の可能性に悩む場合には、アシクロビルを投与する。
MRIの評価、髄液検査の再検、症状経過でこれらは判断される。
排尿障害の出現の可能性がある。エルスバーグ症候群という。
無菌性髄膜炎には、再発がありうる。モラレ症候群という。
患者背景、こと免疫不全者では結核や真菌感染の可能性考慮する。
ここまで、知識と行動が整理できていれば、手堅い診療と言えるでしょう。治療者も患者も診断の難しさを理解しながら、症状経過をフォローできると安心です。
#30. 疾患の全体像がつかめる知識を得るための
スライドを意図して作成しました。
シンプルにまとめることに注力しましたが、やや困難さがありました。
初期評価を行い、治療経過で問題があれば、
適宜修正していく、というのが無菌性髄膜炎の診療で、
やはり不安定さは否めません。
主治医が、これだけわかっていて、これだけやっていれば、
まずは大丈夫。と思える診療が皆にとって安心で、いい診療だと思います。
実際に臨床の役に少しでも立てれば幸いです。
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