テキスト全文
抗アミロイドβ抗体薬の概要と歴史的転換点
#1. Daisuke Yamamoto
Department of Neurology, Shonan Kamakura General Hospital 抗アミロイドβ抗体薬
(レカネマブ・ドナネマブ)
の選び方・考え方
#2. 認知症治療の歴史的転換点 従来の治療 (対症療法) アセチルコリンエステラーゼ阻害薬など (ドネペジル等) 神経伝達物質を補い、一時的に症状を改善させるが、神経細胞の死滅や病気の進行そのものを止める力はない。 新時代の治療 (疾患修飾療法) 抗アミロイドβ抗体薬
(レカネマブ、ドナネマブ) 原因物質(アミロイドβ)を脳内から除去し、病理学的進行を遅らせる。疾患の生物学的プロセスへの直接介入が可能に。 Core Evid. 2006;1:195-219.
N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527.
抗アミロイドβ抗体薬の作用機序と標的
#3. 抗アミロイドβ抗体薬の仕組み アミロイドβの蓄積 アルツハイマー病では、脳の中に「アミロイドβ」というタンパク質がたまり、それが長い時間をかけて脳の働きに影響していくと考えられています。 治療の狙い 抗アミロイドβ抗体薬(レカネマブ/ドナネマブ)は、点滴治療によってこの「アミロイドβ」を脳から減らすことで病気の進行をゆるやかにすることを目指します。 Brain. 2016;139:23-30.
#4. モノマー・オリゴマー 凝集の初期段階。特にオリゴマーは
高い神経毒性を持ち、
シナプス障害の原因となる。 プロトフィブリル レカネマブの主標的。 可溶性の大型凝集体で、最も毒性が高いとされる形態の一つ。 アミロイド斑 (プラーク) ドナネマブの主標的。 不溶性の沈着物。ドナネマブは特にN3pG化された凝集体を狙う。 アミロイドカスケードと標的分子 Nat Rev Neurosci. 2000;1:217-224.
Nat Rev Neurosci. 2002;3:872-877.
Mol Cell Neurosci. 2024;130:104003.
レカネマブとドナネマブの効果と特徴
#5. 抗アミロイドβ抗体薬:期待できる効果と限界 “治す薬”ではありません これらの薬は、認知症を根本から治したり、今ある症状をはっきりと良くしたりする薬ではありません。 進行をゆるやかにする 臨床試験では、18か月の治療で悪化のスピードを約3割弱(27〜29%)ゆるやかにしたと報告されています。劇的な変化というより、「進行を少し先延ばしできる」という意味合いです。 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527.
#6. レカネマブ (レケンビ🄬) 神経毒性の遮断を重視 標的:Aβプロトフィブリル(可溶性凝集体) コンセプト:毒性が最も高い物質を中和し神経細胞を守る。アミロイド斑への新たな蓄積も防ぐ。 特徴:マイルドかつ着実な作用。慢性疾患管理のように継続的に投与し、病勢をコントロールするモデル。 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
#7. ドナネマブ (ケサンラ🄬) 蓄積したプラークの徹底除去 標的:N3pG アミロイドβ(プラークの核) コンセプト:「深さと速さ」。溜まったゴミ(プラーク)をピンポイントで強力に破壊する。 特徴:除去能力が極めて高い。プラークが消失すれば治療を終了する「Treat-to-Clearance」モデルを実現。 N Engl J Med. 2021;384:1691-1704.
日本における投与基準と治療モデル
#8. 日本における投与対象基準 (MMSE) レカネマブ MMSE 22-30 極めて早期(MCI)の患者を広くカバーします。上限がないため、認知機能が良い段階からの開始に適しています。 ドナネマブ MMSE 20-28 進行が少し進んだ層(20-21点)も対象となります。上限が28点のため、超早期の場合は対象外となる可能性があります。 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527.
#9. 投与スケジュールと通院負担 レカネマブ 2週間に1回 所要時間:約1時間 頻繁な通院が必要だが、見守りは手厚い。 ドナネマブ 4週間に1回 所要時間:約30分+観察時間 通院回数は少ない。
ただし、開始半年間はMRI検査が頻回。 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527.
#10. 治療の出口戦略:継続か、完了か 継続投与モデル (レカネマブ) 原則、継続投与。 毒性のあるプロトフィブリルは常に産生されるため、それを抑え続けることで進行を抑制する。
「高血圧の薬」のように管理するイメージ。 Treat-to-Clearance (ドナネマブ) 完了する治療。 アミロイドPETで陰性が確認されれば、投与を終了する。
「大掃除」が完了すれば卒業できるイメージ。 JAMA Neurol. 2022;79:1012-1021.
治療前の必須検査と経済的負担
#12. 治療前の必須検査 アルツハイマー病の証明 この治療を受けるためには、「アミロイドβ」が脳に蓄積していることを客観的に確認する必要があります。 以下のいずれかの検査を行います: アミロイドPET検査: 特殊な画像診断で脳内の蓄積を可視化します。 脳脊髄液検査: 背中から針を刺して髄液を採取し調べます。 J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
両薬剤の臨床効果とアミロイドプラーク除去
#13. 両薬剤はおおむね効果は同等である。
ドナネマブは、病理進行が早期(タウ蓄積が少ない)の集団において、
より高い抑制効果を示す傾向があります。 早期発見・早期治療の重要性が示唆されています。 臨床効果の比較:進行抑制率 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527. ※試験間比較であり直接比較ではありません。
#14. レカネマブ 着実な減少 18か月でアミロイドPETが大きく低下
時間をかけて徐々にプラーク負荷が減少 ドナネマブ 急速に低下 早期からアミロイドPETが急速に低下
1年程度でPET陰性化に到達する患者が多い アミロイドプラークの除去スピード N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527.
副作用とそのリスク管理
#15. 副作用:ARIA (アミロイド関連画像異常) 脳血管壁のアミロイドが除去される際、一時的に血管透過性が亢進して生じます。 ※多くは無症候性ですが、頭痛や錯乱などが生じる場合もあります。 ARIA-E (浮腫) 脳実質のむくみ。 MRIで高信号として確認される。 ARIA-H (微小出血) 脳内の微細な出血や鉄沈着。 Neurology. 2025; 105: e623-e634.
#16. ARIA発現頻度とリスク比較 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527. ※試験間比較であり直接比較ではありません(対象、定義、MRI評価、追跡期間が異なる)。
#17. 点滴時にアレルギー様の症状が出ることがあります。
インフュージョン反応: 両薬剤とも点滴による投与時に、
頭痛・悪寒・発熱・吐き気・嘔吐などの反応が起こることがあります その他の副作用:注入に伴う反応 ※試験間比較であり直接比較ではありません。重症反応はいずれもまれ。 N Engl J Med. 2023;388:9-21.
JAMA. 2023;330:512-527.
患者への説明と注意点
#18. レカネマブが向いている方 ・2週ごとの通院が可能で、手厚いケアを望む方・薬を止めることに不安がある方・MMSE 29-30点の超早期の方 ドナネマブが向いている方 ・通院回数を減らしたい方(月1回)・「治療のゴール」があった方が頑張れる方・将来的な経済負担を減らしたい方 患者さんへの説明と選択
#19. 患者さんへの注意点 (1) 効果の理解 「治る薬」ではなく「遅らせる薬」です。過度な期待をせず、正しく効果を理解しておくことが大切です。 MRIでの確認 副作用(ARIA)を早期に発見するため、定期的なMRI検査が必須です。安全のために欠かせません。 症状が出たら相談 頭痛、ぼんやりする、吐き気見えにくいなどの症状が出た場合は、すぐに主治医に相談してください。
#20. 患者さんへの注意点 (2) 血液をサラサラにする薬 出血のリスクに特に注意が必要です。治療中に脳梗塞が起きた場合の対応も慎重になります。 通院の負担 18か月間、定期的な点滴とMRI検査が続きます。
「続けられる環境かどうか」も重要です。 家族の理解 治療内容は複雑です。家族や周囲の方が治療についてよく理解し、サポートすることが重要です。
抗アミロイドβ抗体薬の新しい選択肢
#21. 新しい選択肢として 抗アミロイドβ抗体薬はアルツハイマー病治療の新しい希望ですが、誰にでも適しているわけではありません。 効果、副作用、通院の負担、費用などを総合的に考え、
納得して選択することが大切です。