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坐骨神経痛の概要と文献
#1. 坐骨神経痛 Sciatica ゆきあかり診療所管理者
小林聡史
#2. 主な文献 NEJMのレビューを主に参考にしました。 N Engl J Med. 2015 Mar 26;372(13):1240-8.
#3. Take home messages
を最初に
坐骨神経痛の原因と症状
#4. 4点に要約 坐骨神経痛はCommonで中年発症が多い
原因は椎間板ヘルニアが最多、非脊髄性の原因も考慮
多くは自然軽快するけど、再発寛解を繰り返しうる
保存的治療のエビデンスは微妙で、椎間板のオペは短期的には良いけど長期的なエビデンスは不十分
#6. 冒頭の文章 坐骨神経痛は古くから知られる病気。
臀部から坐骨神経に沿って下方に放散する痛みの総称だが、様々な背部や下肢症状に対して無分別に用いられてきた。
神経放射線学の研究では、坐骨神経痛の85%は椎間板障害と関連があるとされている。
坐骨神経の解剖と症状
#8. 解剖
~人体最大の神経 L4・L5・S1・2の神経根が腰仙骨神経叢を形成。
脛骨神経と腓骨神経として、大坐骨孔を出る。
脛骨神経と腓骨神経は坐骨神経として一つの神経鞘に納まる。
#9. 椎間板の損傷や、関節の変形によって起きることが多い
L4/5レベルとL5/S1レベルに多く、その次にL3/4レベル
機序として、神経根や知覚神経節のねじれや、局所の炎症性サイトカインとの関連があるかもしれない
有病率は研究により様々で、最大で40%と報告されている
多くは40-50代で発症する 9
神経症状と診察所見
#11. 疼痛の性状 発症様式:身体活動に伴う突然発症または緩徐発症
放散痛:臀部の中~下部から
L5圧迫:大腿背外側
S1圧迫:大腿背側
L4圧迫:大腿前外側
膝下まで広がる場合:感覚神経の分布と一致する
通常は片側性:椎間板損傷や脊椎のOAによる椎間孔狭窄
両側性のことも:中心性椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、脊椎すべり症
#12. 随伴症状 腰痛の随伴:重症度は様々で一貫した特徴を持たない
椎間板損傷の場合:L5-S1領域や上部の仙腸関節領域の疼痛はCommon
Valsalva手技は椎間板損傷を示唆:咳嗽やくしゃみなどによる症状悪化
腹部屈曲により腰椎の前弯を軽減し、神経根の圧迫を軽減する
馬尾を圧迫すると:歩行による両側坐骨神経痛や神経性跛行
Verbiest症候群と呼ばれる
#13. 神経症状 知覚:神経根支配に一致する異常知覚を認めることがあるが、 感覚症状は目立たない。
筋力:筋力低下を認めるのは患者の半数以下だが稀に重症となる
L5神経根症:下垂足
S1圧迫による殿筋麻痺:歩行中に骨盤が傾く
反射
S1圧迫:アキレス腱反射の低下消失を起こすことが多い
L5圧迫:反射への影響は様々
#14. 診察所見 椎間板の圧迫の有無を見るために多くの診察法が考案された。
多くはStraight-Leg-Raising test(Lasegue’s test)のバリエーションである。
診断特性と画像検査
#15. 足関節背屈による
疼痛悪化は
検査の感度を上げる L5神経根が
引っ張られる
→防衛反射
→筋収縮 疼痛の悪化や出現
+更に持ち上げることに対して抵抗
#16. SLRの診断特性 陽性所見:足の角度が30-70°で臀部から膝下まで痛みが放散した場合
陰性所見:SLRによりハムストリングや臀部が緊張するが、 疼痛はより広汎で、ゆっくりとなら更に挙上可能
診断精度:感度約90%、特異度は低い(椎間板ヘルニアに対して)。
#17. Crossed-SLR test (Fajersztain’s test) 健側の足を挙上させ、症状が出現すれば陽性。
特異度は90%、感度は低い。
椎間板の変化と神経所見
#19. 画像検査の適応 典型例においては、侵襲的介入を検討しない限り検査は不要
腰椎レントゲン→得られる情報は限られる:椎間板の狭小化、すべり症、骨髄炎、腫瘍浸潤などはわかるかもしれない
MRI(非造影)で正確な評価がしやすいもの:椎間板ヘルニアや脊髄病変の部位や性状、外側陥凹狭窄症、滑膜嚢胞など
CT→施行される頻度は少ない:椎間板ヘルニアや脊髄の器質的変化はわかる
骨盤内病変を疑う時にはCTやMRIは有用
#20. 椎間板の変化と、神経所見 椎間板が膨隆している程度なら、神経根圧迫をもたらすことは少ない
椎間板ヘルニアは無症候性患者に診られる頻度は1%未満である
#21. MRI例(T2強調像) L4/5レベルで椎間板ヘルニアを認める(矢印部分) 右のL5神経根が圧迫されている
(矢頭部分)
#22. 筋電図や神経伝導検査 神経根に一致した筋肉の脱神経を同定することで、診断の補助となる
脱神経は損傷後、日~週単位で顕在化する
遠位筋は近位筋よりも顕在化に時間がかかる
特異的な所見としては、細動や鋭波がある
筋骨格系の問題ではなく神経根障害が坐骨神経痛の原因であることを電気生理的に同定することはより良いアウトカムと関連する。
しかし、坐骨神経痛におけるこれらの検査の役割は十分に確立されてない。
ガイドラインの中にはこれらの検査を不要としているものもある。
脊髄性の原因と椎間板ヘルニア
#24. 脊髄性の原因 椎間板ヘルニアによる神経根圧迫(L4, L5, S1)
脊椎すべり症や脊柱管狭窄症による神経根のインピンジメント
椎間関節の滑膜嚢胞
脊柱管の腫瘍
腰髄や仙髄の神経根の神経線維腫
くも膜炎
#25. 椎間板ヘルニア 線維輪裂傷の結果、髄核がヘルニアになり、1レベル下の神経根を圧迫する
画像ではL4/5ヘルニアがL5神経根を圧迫している
#26. 26 ついでに椎間板のことを復習 椎間円板ともいう
加齢に伴い水分量が減少して薄くなる
外周部=線維輪
線維軟骨の層板が同心円状に配列
適度な弾性を持つ
椎体間の安定的な連結と可動性を両立
中心部=髄核
脊索の遺残物にあたるゼラチン組織
多量の水分を含む カラー図解 人体の正常構造と機能
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脊髄以外の原因の詳細
#27. 27 脊椎すべり症 脊椎の変性疾患や外傷に関連した腰椎のずれ
#28. 28 椎間孔狭窄症 骨端関節や靱帯の肥大により神経根の出口である椎間孔が狭窄する
#29. 29 滑液嚢胞 骨端関節の変性に伴い嚢胞を形成
梨状筋症候群とその影響
#31. 脊髄以外の原因 骨盤や婦人科疾患
梨状筋症候群やback-pocket sciatica
ほか
妊娠出産、長期の砕石位
帯状疱疹、糖尿病性神経根症、腰仙骨神経叢炎
臀部への注射による外傷
下臀動脈の仮性動脈瘤による坐骨神経圧迫
転位を伴う股関節の骨折や、広汎な骨盤骨折
大腿二頭筋の血腫、緊張、裂傷
特発性
#32. 脊髄以外の原因 骨盤や婦人科疾患
梨状筋症候群やback-pocket sciatica
ほか
妊娠出産、長期の砕石位
帯状疱疹、糖尿病性神経根症、腰仙骨神経叢炎
臀部への注射による外傷
下臀動脈の仮性動脈瘤による坐骨神経圧迫
転位を伴う股関節の骨折や、広汎な骨盤骨折
大腿二頭筋の血腫、緊張、裂傷
特発性
#33. 33 骨盤や婦人科疾患 例1:軟部組織腫瘍による腰仙骨神経叢と坐骨神経の圧迫
例2:子宮内膜症による周期性坐骨神経痛
#34. 脊髄以外の原因 骨盤や婦人科疾患
梨状筋症候群やback-pocket sciatica
ほか
妊娠出産、長期の砕石位
帯状疱疹、糖尿病性神経根症、腰仙骨神経叢炎
臀部への注射による外傷
下臀動脈の仮性動脈瘤による坐骨神経圧迫
転位を伴う股関節の骨折や、広汎な骨盤骨折
大腿二頭筋の血腫、緊張、裂傷
特発性
坐骨神経痛の治療法と対症療法
#35. 35 梨状筋症候群 梨状筋による坐骨神経圧迫
頻度や自然経過は不明
典型像:臀部真ん中に局在する疼痛坐骨切痕*の圧痛坐位後の悪化外旋などで梨状筋を緊張させると悪化 *梨状筋が坐骨孔を出るあたり
#36. 梨状筋の復習 起始:S1-4の仙骨前面
停止:大腿骨の大転子上縁
作用:股関節の外旋外転伸展 アプリ:Visible bodyより
#37. 梨状筋症候群続き SLR testによる疼痛:半数の症例で見られる。
ランニング、ストレッチなどで損傷された梨状筋が坐骨神経を圧迫すると推測されているが、病態生理ははっきりしない。
電気生理学検査や画像検査は通常の場合、正常。 37
#38. 脊髄以外の原因 骨盤や婦人科疾患
梨状筋症候群やback-pocket sciatica
ほか
妊娠出産、長期の砕石位
帯状疱疹、糖尿病性神経根症、腰仙骨神経叢炎
臀部への注射による外傷
下臀動脈の仮性動脈瘤による坐骨神経圧迫
転位を伴う股関節の骨折や、広汎な骨盤骨折
大腿二頭筋の血腫、緊張、裂傷
特発性
#39. Back pocket sciatica お尻のポケットに物を入れたまま長時間坐位を取ることによる坐骨神経痛
20世紀半ばに報告された
工具、携帯電話、ゴルフボール、財布など
表面が固いシート(車のシートなど)での長時間坐位でも起きうる
#40. 脊髄以外の原因 骨盤や婦人科疾患
梨状筋症候群やback-pocket sciatica
ほか
妊娠出産、長期の砕石位
帯状疱疹、糖尿病性神経根症、腰仙骨神経叢炎
臀部への注射による外傷
下臀動脈の仮性動脈瘤による坐骨神経圧迫
転位を伴う股関節の骨折や、広汎な骨盤骨折
大腿二頭筋の血腫、緊張、裂傷
特発性
手術治療とその効果
#41. 41 産科的な坐骨神経圧迫 胎児の児頭が仙骨を介して坐骨神経を圧迫
#42. 脊髄以外の原因 骨盤や婦人科疾患
梨状筋症候群やback-pocket sciatica
ほか
妊娠出産、長期の砕石位
帯状疱疹、糖尿病性神経根症、腰仙骨神経叢炎
臀部への注射による外傷
下臀動脈の仮性動脈瘤による坐骨神経圧迫
転位を伴う股関節の骨折や、広汎な骨盤骨折
大腿二頭筋の血腫、緊張、裂傷
特発性
#43. 43 臀部への注射による損傷 注射部位や注射液により損傷の程度は異なる
頻度は少ない
ガイドラインと治療の妥当性
#45. 概観 多くの場合は自然軽快する
1/3は治療なしで2週間以内に改善
3/4は3か月以内に改善
治療に関して複数のStudyがあるが、その妥当性は限定的
多くは腰痛の治療と坐骨神経痛の治療が融合されている
#46. 理学療法 理学療法や運動レジメンの効果の評価は難しい
活動:可能なら安静よりも活動的に動く方が望ましい
#47. 薬物療法 NSAIDS:腰痛+坐骨神経痛の短期的な改善には有効
坐骨神経痛単独への効果は不明で、多くの患者はあまり改善しないと報告
ステロイド:効果の解釈は難しい
オピオイド:多くのガイドラインで制限されている
抗てんかん薬、ガバペンチン、プレガバリン、抗鬱薬、筋弛緩剤:サポートするデータに乏しい
#48. その他の治療 脊椎マニピュレーション、脊椎牽引、経皮的電気刺激、鍼療法:エビデンスが限られている
硬膜外ステロイド:短期的な疼痛改善と関連。その後のオペの必要性減少とは関連せず。
#50. 椎間板ヘルニアのオペ 多くの臨床試験はオペ治療が、対症療法より早い疼痛改善が得られるという結果を示している
ある試験ではオペ群が対症療法群よりも早期に顕著な疼痛改善を認めたが、オペの1年後には2群間の疼痛や障害の程度にはほとんど差がなかった。
対症療法群のうち39%は14週間以内にオペが必要となった。
手術を遅らせることが完全治癒率や改善までの期間に影響するかは不明。
#51. 長期の対症療法と早期オペを比較した研究 長期の対症療法と早期オペを比較すると、オペは1QALY毎6万ドルの費用削減と関連した。
5年間の追跡で、23%の症例が軽快した状態から再発または悪化した状態に戻っており、坐骨神経痛は慢性で再発寛解を繰り返すことが示唆される。
#52. サージカルテクニック 色んな手術法があるが、成績に関しては有意差はない。
手術合併症の頻度は多くない
硬膜破砕による髄液漏
神経根や馬尾障害
#53. ガイドラインや
システマティックレビュー
#54. 腰痛±坐骨神経痛の治療に関するガイドラインは多数存在するが、アウトカムや治療コストは10年以上変化がない。
十分な規模の試験の解析は、下記のように結論付けている。「長期的な成績に関してはエビデンスがはっきりしないものの手術療法は保存療法に比してより早期により大きな疼痛改善を得る。」
#55. 英国の国立衛生研究所の推論的解析 殆どの坐骨神経痛の治療はある程度妥当性がある。
椎間板切除術、硬膜外ステロイド、化学的髄核融解術、代替療法
手術だけが色んな面においてベネフィットがあると結論づけられている。
全体的効果(Global effect)、疼痛改善、短期・中期・長期の結合アウトカム
#56. 北米脊椎学会ガイドライン 椎間板切除は他の治療に比してより早期に確実な症状改善をもたらすが、より軽度の症状の場合は保存的に対応可能
心理的ストレスがある患者は術後アウトカムが悪い
硬膜外ステロイドは短期的な症状改善をもたらす
電気生理学的検査は有用性は限定的
エビデンスが不十分なもの
腰椎固定などの手術の技術的側面
馬尾圧迫や運動障害から回復するために、手術前にどの程度待機可能かの基準
#57. イギリス疼痛学会ガイドライン 神経根痛と腰痛とを分けた解析を反映した結果、正確性に欠けるRecommendationになったと認めている。
馬尾神経圧迫が緊急オペを要するという適応なし。
重度の神経根痛で日常生活に支障が出る場合や持続的な神経学的欠損が2週間以上続く場合にはMRIが必要。
MRIは結果を解釈可能な医師の下で実施されるべき。
#58. Take home messages
もう一度
Take home messagesの再掲
#59. 4点に要約(再掲) 坐骨神経痛はCommonで中年発症が多い
原因は椎間板ヘルニアが最多、非脊髄性の原因も考慮
多くは自然軽快するけど、再発寛解を繰り返しうる
保存的治療のエビデンスは微妙で、椎間板のオペは短期的には良いけど長期的なエビデンスは不十分