テキスト全文
企画の背景と注意事項について
#2. 「Antaaクリスマス特集号2024」とは?
この企画は、英国の権威ある医学論文誌であるBMJが、毎年クリスマスごろにジョーク論文を掲載する特別特集号「BMJクリスマス特集号」(例:サンタクロースの労務環境についての論文、クリスマスツリーで接触皮膚炎になるリスクなどが検討されたクリスマスのリスクに関する論文、など)にちなみ、医学的知見のあるユニークなスライドを募集するものです。
Antaa公式noteより
【注意】この症例は私が実際に経験した外来症例の症状経過や検査値を参考にして作成していますが、内容はフィクションです。よってサンタクロースの設定も架空のストーリーですので、その点をご了承ください。
サンタクロースの行方不明の謎
#3. 今日は楽しいクリスマス。
しかし、森の皆は元気がありません。
どうやら今年はサンタさんが行方不明の
ようなのです。
いつもならプレゼントをたくさんもって皆の
お家に届けてくれるはずなのに、どこに
行ってしまったのでしょうか。
森の診療所のシロクマ先生にかかって
いる子供たちもとても残念がっています。
#4. 「毎年プレゼントを休まず配っているサンタ
さんが今年だけ現れないなんておかしいぞ。
きっと何か事情があるはずだ。」
シロクマ先生は理由をつきとめるためにまず
は状況を具体化することにしました。
3STEPの問診 【STEP1具体化】
イメージができない部分は、相手の状況を詳しく聞き、状況を頭の中でリアルに想像できるようにする。
#5. 「子供たちもサンタさんが来るのを楽しみ
にしているんだ。」
シロクマ先生はサンタさんといつも一緒に
プレゼントを配っているトナカイに事情を
聞きにいくことにしました。
サンタの体調不良の詳細
#6. 「ねえ。トナカイさん。サンタさんに何が起こったのか、何か事情を知っていたら詳しく教えてくれないかな?」
「うん、実は、サンタさんは今年は外に出ると体調が悪くて家から出られないんだ。急に寒さに弱くなったって言ってて。」
「そうか、やっぱり理由があったんだね。でも、あんなに寒さに強かったサンタさんが急に寒さに弱くなった原因はなんだろう。」
3STEPの問診 【STEP2抽象化】
「一元的に説明しうる本質的な原因は何か?」を考えて要点をひとことで要約する。
#7. トナカイ「特に外に出ると寒さで手足が青くなったり、元気がなくなったりしてて…。」
シロクマ「それは大変だ。手足が青くなるってことは、血流が悪くなっている可能性があるね。他にどんな症状があった?例えば熱があるとか、どこかを痛がっていたとか、皮膚に発疹があったとか。」
トナカイ「んー、疲れやすそうだったし、目や顔もなんだか黄色っぽく見えたよ。足に一時的に赤い網目状の模様が出て、オシッコが褐色になったって。それに、寒い場所に出るたびに震えてた。」
3STEPの問診 【STEP3再具体化】
切り分ける質問やROS(Review of Systems)で病態のカテゴリーを絞り込んでいき鑑別疾患を限定する。
#8. 「なるほど。チアノーゼと黄疸もあるのか……。サンタさん、寒い場所が特に苦手になってたみたいだね。皮膚や尿の色調変化もあるみたいだし。これってなんだろう。」
サンタの病気のヒントと考察
#9. 「そうか!サンタさんの病気がわかったぞ。」
「え?本当!?」
#10. 皆さんもサンタさんの病気をあててみてください!解答は次のページから。
【ヒント】
①寒冷曝露で症状が悪化
②皮膚変化はチアノーゼ(or レイノー現象)と網状皮斑(Livedo Reticularis)が疑われる ※一時的な変化であり分枝状皮斑(Livedo Racemosa)は病歴から否定的③黄疸は肝胆道系以外の疾患でも起こりうる
サンタの症状の整理と病気の候補
#11. 「まずは、サンタさんの症状を整理するね。1つ目は『寒冷誘発症状』。寒さで症状が出てるから、寒さに反応する病気を疑ったよ。」
「寒いと症状がでる病気があるんだね。」
「うん、レイノー現象を起こす膠原病(MCTDやSScなど)や血管炎、クリオグロブリン血症などの免疫複合体疾患、寒冷凝集素症が代表例だね。」
#12. トナカイ「なるほど~。」
シロクマ「2つ目は『溶血性症状』。黄疸や褐色尿は赤血球が壊れているサインだからね。」
トナカイ「黄疸って肝臓の病気だけじゃないんだね。」
シロクマ「うん、褐色尿は脱水の可能性もあるけど、ヘモグロビン尿(溶血性貧血)やミオグロビン尿(横紋筋融解)を考えないとね。」
#13. シロクマ「そして3つ目は『循環障害』。手足の青紫色やリベドは血流のトラブルを示しているよ。この3つの症状を組み合わせると、寒さで赤血球が固まって溶血する『冷式AIHA(自己免疫性溶血性貧血)』、特に大人が罹患する『寒冷凝集素症』が一番怪しいって考えたんだ。」(※発作性寒冷ヘモグロビン尿症の好発年齢は小児)
トナカイ「寒冷凝集素症だとしたら何を調べるの?」
シロクマ「寒冷凝集素の測定と、溶血をみるためにLDH上昇やハプトグロビンの低下、クームス試験を確認するよ。あと、マイコプラズマやEBウイルスなどの感染症、悪性リンパ腫などは、寒冷凝集素を増やして同様の病態を起こすから、これらの疾患の合併がないかも確認しないといけないね。」
#14. まとめ
①寒冷曝露での症状悪化・手足の色調変化
末梢の血流不全や、膠原病(SScやMCTDなど)や免疫複合体疾患(クリオグロブリン血症など)、血管炎によるレイノー現象、寒冷誘発性の溶血が候補に挙がる。
②溶血性症状
黄疸はビリルビン代謝異常を示唆するため、肝胆道系疾患(直接ビリルビン上昇)や溶血(間接ビリルビン上昇)を考える。
褐色尿は脱水による濃縮尿の可能性もあるが、まずはヘモグロビン尿(溶血性貧血)やミオグロビン尿(横紋筋融解)を疑うため、両者の共通点より溶血が考えられる。
③循環障害
足の網状の皮膚変化は小型血管炎や膠原病、循環不全などが疑われる。寒冷誘発による一時的な変化であることから、血管炎などによる分枝状皮斑(Livedo Racemosa)よりも網状皮斑(Livedo Reticularis)の可能性が高い。
➤全てを一元的に説明できる疾患として冷式AIHA、
特に寒冷凝集素症を疑う。二次性の基礎疾患は除外必要。
血液検査の結果と診断
#15. クームス試験(+)
➡AIHAを疑う 温式:主にIgG抗体
冷式:
CAD:主にIgM抗体
PCH:D.L抗体(2相性IgG抗体) 貧血 黄疸 脾腫 胆石 ヘモグロビン尿
間接bil⇧ LDH⇧ ハプトグロビン⇩
#16. シロクマ「それでは、サンタさん。血液検査と尿検査をさせていただきますね。」
サンタ「これで本当に原因がわかるのかい?」
シロクマ「おまかせください。皆、サンタさんが早く元気になるのを待っていますから。」
#17.
潜血 (3+)
蛋白 (+)
ウロビリノーゲン (+)
ビリルビン (ー)
赤血球 0~4 /HPF IgG 1285 mg/dL
IgA 279 mg/dL
IgM 299 mg/dL
IgE 257 U/mL
抗SS-A抗体 (ー)
抗SS-B抗体 (ー)
C3 117 mg/dL
C4 2.2 mg/dL
CH50 5 未満 U/mL
抗核抗体 40 倍未満
VitB12 457 pg/mL
葉酸 8.1 ng/mL
エリスロポエチン 86.6 U/mL
ハプトグロビン 4 mg/dL
寒冷凝集素 16384 倍
マイコプラズマPA法 40 倍
EBNA抗体 80 倍
EBVCAIgM 0.0
EBVCAIgG 6.9
sIL-2R 209 U/mL
クリオグロブリン (ー)
DAT (+)
IAT (ー)
WBC 7800 /µL
Hb 9.1 g/dL
MCV 139.1 fl
Plt 48.5×104 /µL
Ret 91 ‰
TP 7.8 g/dL
T.Bil 4.3 mg/dL
D.Bil 0.7 mg/dL
ALP 147 U/L
CK 52 U/L
LDH 855 U/L
AST 50 U/L
ALT 18 U/L
γGTP 13 U/L
Na 141 mEq/L
K 4.4 mEq/L
Cl 105 mEq/L
BUN 17.2 mg/dL
Cre 0.
寒冷凝集素症の診断とその後
#19. サンタ「助かった、シロクマ君のおかげじゃわい。」
トナカイ「ありがとう、シロクマ先生。」
シロクマ「どういたしまして。ところでサンタさん。クリスマスはもう過ぎてしまったんですが、子供たちにプレゼントを配ってもらえませんか?まだ皆、楽しみに待っているんです。」
#20. サンタ「もちろんじゃ。今からプレゼントを配りにいくぞ。」
シロクマ「ありがとう、サンタさん!」
ーこうして、今年は少し遅れたクリスマスでしたが、届いたプレゼントに子供たちは大喜び。シロクマ先生も笑顔になり、森は再び賑やかになりました。
物語の結末とおしまい