テキスト全文
#1. Department of Neurology, Shonan Kamakura General Hospital
2024/4 version Daisuke Yamamoto プライマリケア医・患者さんむけ
今のところの
レカネマブを知る。
#2. Introduction プライマリケア医にとって:患者さんからレカネマブ(レケンビ®)を使用したい、という話題が出たときに最低限語る必要があることはなんでしょうか?
患者さん・ご家族にとって:レカネマブの治療を受けると予測される効果、もしくは治療による合併症はなんでしょうか?何を知っておくべきでしょうか?
PC医は専門医療機関に紹介する前に、また患者さんとご家族は専門医療機関を 受診する前に、お互いに知っておいて役に立つことを説明します。
#3. レカネマブの適応
入門編 そもそも、この薬を使えない人がいることをまずは知る。
適応についての入門編をまずは説明していきます。
#4. レカネマブが使えない条件①:認知症の重症度 MMSEが21点以下であると適応外。(MMSE:認知症のスクリーニングテスト)
=>認知症が進行している状態では適応外です。
まずはここが第一条件になると思います。
=>適応はMMSE 22~30点の軽度認知機能障害または
軽度のアルツハイマー病の方です。
ここが最もシンプルな前提条件になると思います。MMSEは確認して下さい。
※適応の検討にはCDR-SBというテストも必須です。これは専門医療機関で実施します。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#5. レカネマブが使えない条件②:脳出血リスク MRIで脳出血のリスクが高い場合は適応外。(MRIで評価される)
MRI検査では、脳出血のリスク(正確には後述するARIA-Hのリスク)が評価できます。T2*という微小出血を評価できる撮像条件で評価します。MRIで、微小出血のあと(microbleedsという)が5個以上ある場合、および脳出血のあとがある場合は、禁忌となります。追って説明をしますが、薬剤の副作用で出血性病態が起こりうることが懸念事項の一つになります。よって、出血リスクの勘案は重要です。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#6. レカネマブが使えない条件③:脳出血リスク 抗凝固薬を使用している場合は非推奨。
ワルファリンやDOACという抗凝固薬を使用している方は、米国の適正使用ガイドラインでは脳出血のリスクになるので使用は非推奨とされています。禁忌ではありませんが、抗凝固薬の使用者は注意が必要です。
抗凝固薬・抗血小板薬は、添付文書では「併用注意」と記載されています。
※ 厚生労働省の適正使用推進ガイドラインには抗凝固薬については言及なし。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#7. レカネマブが使えない条件④:診断の証拠 アミロイド病理の確認が必要。(これはPETか髄液検査で評価される)
アルツハイマー病である、という客観的な証拠が投薬には必要です。 この証明には、PET検査(画像検査)もしくは髄液検査(腰から針を刺して、脊髄の周りにある液体を採取する検査)の実施が要件になります。これら検査結果が陰性だった場合は、治療は受けられません。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#8. Short summary① MMSE 21点以下は紹介できない。
臨床像は「日常生活活動が、ほぼ維持されている」ような状態である。
DOAC・ワーファリン使用者は非推奨。抗血栓薬は併用注意。
脳出血のリスクがあると、使用しにくい。
アミロイドPETもしくは髄液検査の実施が必要になる。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
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#9. 米国最適使用ガイドラインでの言及も参考に。 (参考)Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
米国のガイドラインは、臨床試験と同様の患者選択をした方が良い、とコメントされている。臨床試験で除外されている患者条件は以下のもの。リスクを避けるなら、臨床試験の基準を参考にする。
MRIで複数の脳梗塞の痕跡がある。
12か月以内の一過性脳虚血発作・脳梗塞・てんかん発作の既往。
自己免疫性疾患(SLE、関節リウマチ、クローン病など)の病歴。
DOAC使用者。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#10. レカネマブの適応
次の検討事項 もう少し深めた検討事項があり、これも相談になります。
#11. レカネマブが使いにくい条件①:受診の労力 2週間に1回の点滴治療+MRI検査が必要
レカネマブは点滴製剤です。1回の点滴は1時間+その準備時間がかかります。 注射後の安全確認時間も必要です。投与間隔は2週間に1回です。そして、合併症評価目的でMRI検査も定期的に行う事になります。通院と受診にかかる時間。この労力を介護者が割けるかどうか?は治療を受けるかどうかの意思決定には重要です。そもそもご家族のサポートが得られない場合は、治療を受けることが難しいです。比較的少なくない時間を、医療に割いていくか?という議論も重要です。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#12. レカネマブが使いにくい条件②:コスト問題 年間300万円+αが治療コスト。
保険適応になっている治療薬なので、自己負担割合に応じての支払いになります。コストのかかる治療であることも理解して下さい。
#13. レカネマブが使いにくい条件③:脳梗塞になったら? 脳梗塞を発症した時のデメリットがありうる。
レカネマブ使用中に、脳梗塞を発症してしまった場合の懸念があります。ひとつは、血栓溶解療法(t-PA療法)は使用できません。やはり大出血に至ってしまうリスクがあります。また、脳梗塞の治療としての抗血栓療法においても留意が必要です。
ここでは、脳梗塞発症時には患者さんがレカネマブ使用者であることをわかるようにしておくこと、また、脳梗塞発症時には、脳梗塞治療において問題が起こるかもしれないことを知っておく必要があります。
#14. レカネマブが使いにくい条件③:脳梗塞になったら? レカネマブ投与症例での
t-PA療法の結果、
多発出血を来した報告がある。 N Engl J Med 2023;388:478-479
#15. レカネマブが使いにくい条件④:限定的な効果 根本的な治療薬ではない。認知症は進行はする。
レカネマブの治療成績は、限定的な効果が示されているのみです。レカネマブによる治療を行っても、認知症は進行します。レカネマブが特効薬ではない事を知る必要があります。また、短期的な効果は知られていますが、長期的にどのような有効性があるのかどうかなど、その有効性について不確かなこともあります。「効果は限定的である」という事実は知る必要があります。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#16. レカネマブが使いにくい条件⑤:合併症がでたら。 薬剤の副作用がでたら、認知機能の悪化の可能性がある。
レカネマブの合併症については追って説明を加えます。合併症が出現した場合、大きな障害なく済む場合も多いですが、稀に脳浮腫や脳出血が不可逆的な後遺症を認める場合もありえます。認知症治療のために行っていることが、逆に機能低下の転帰になりうることもありえます。治療を受けることによる不利益が可能性としてはある、という事実にも留意が必要です。
#17. Short summary② 通院の頻度が多いので、付き添いができるかどうか?
金銭的コストについて許容できるか?
脳梗塞になってしまったら、不利な条件となる。
効果は限定的であることを理解する。
重篤な副作用で認知機能の悪化を来すリスクを理解する。
#18. レカネマブの説明 はじめに適応についてから解説を始めましたが、
次いでレカネマブの説明を進めていきます。
#19. アルツハイマー病とは? アミロイド仮説:アルツハイマー病の原因として、アミロイドβというタンパク質が脳に蓄積して神経を障害するという仮説。
アミロイドβは脳内で産生と排除が行われている。このバランスが悪くなり、アミロイドβが脳内に蓄積することで病理が進行する。このアミロイド仮説に基づき今まで多くの薬が開発されてきたが、有効性を示すことが出来なかった。
#20. レカネマブの作用は? レカネマブは脳内のアミロイドβを排除することができる薬剤です。実際にアミロイドPET検査を治療前後で行うと、画像的にアミロイドβの減少が確認できます。
アミロイドβはいろいろな形で脳内に存在しています。このうち、プロトフィブリルという形態がシナプス機能を障害し、神経細胞毒性を示します。このプロトフィブリルがアルツハイマー病の進行に伴って、認知機能低下、そして認知症を引き起こすと考えられています。レカネマブはプロトフィブリルに結合し除去することで、病態の進行抑制が期待されます。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377. 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#21. レカネマブの有効性についてどのように語ることができるか? 有効性についての説明① 主要評価項目である治験薬投与後 18 カ月における CDR-SB のベースラインからの変化をみた。レカネマブはプラセボと比較して CDR-SB の悪化を有意に抑制することが示された(27.1%抑制)。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#22. レカネマブの有効性についてどのように語ることができるか? 有効性についての説明② 副次評価項目について、レカネマブはPETで評価した 脳内 Aβ 蓄積量を、プラセボ群と比較して減少させた。
レカネマブ投与群のセンチロイドスケール(PETでのアミロイドβの蓄積を示す指標:正常0~典型的アルツハイマー病100)の平均値は、ベースライン時で 77.9 であったが、 投与後 18 カ月時点で 23.0 となり、アミロイド陽性の閾値である 30 )を下回った。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#23. レカネマブの有効性は? 有効性の評価についても議論はあります。臨床試験は、18か月レカネマブを投与し、非投与群と比較して悪化の程度が抑えられた、というデータです。分かりやすく言い換えるなら、18か月治療して約6か月程度分進行が遅くなった、と表現されます。ただし治療を行っても進行は認められ、体感的に投薬の効果があったとは理解しにくい程度の変化です。また、長期的な有効性(どれくらい効果が持続するのか?治療を中止したらどうなるのか?)については未知でもあります。少なくとも、認知機能障害の進行を止めるものではない、ということは共有する必要があります。 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(厚生労働省)
#24. Short summary③ 有効性について、イメージできるように説明する。
一方で、治療効果への期待が強すぎるなら、
現実的なデータとのすり合わせは必要ではあろう。
#25. レカネマブの
副作用 次に副作用についての説明です。
#26. Infusion reaction (急性輸液反応)とは? 臨床試験では、レカネマブ使用者の 26.1%で急性輸液反応が発生し、通常は軽度から中等度の重症度で認められました。急性輸液反応は通常、最初の 2 回の治療中に発生し、点滴中または点滴後数時間で認められます。急性輸液反応の症状は通常 24 時間以内に解消されます。症状には、発熱、悪寒、頭痛、発疹、吐き気、嘔吐、腹部不快感、血圧上昇などがあります。症状に対しては対症療法が検討されます。ただし、より重篤な、強い症状を認める急性輸液反応のある患者の場合 、レカネマブの点滴は中止する必要があります。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#27. アミロイド関連画像異常
(Amyloid-related imaging abnormalities; ARIA)とは? ARIA:レカネマブ投与によって生じる脳の浮腫や出血性病態をARIAという。
想定されている機序:アルツハイマー病ではアミロイドβ(Aβ)が脳や血管に沈着している。
=>抗アミロイドβモノクロ―ナル抗体により、血管のAβ沈着が解消する。
=>結果、血管に免疫作用が起こる。
=>血管透過性の亢進が生じる。
=>蛋白液が漏出すると、 ARIA-E(浮腫)が生じる。
血球成分が漏出すると、ARIA-H(出血)が生じる。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#28. アミロイド関連画像異常
(Amyloid-related imaging abnormalities; ARIA)とは? ARIA は、レカネマブを含む、抗アミロイドβモノクロ―ナル抗体による治療の⼀般的な副作⽤です。浮腫を伴う ARIA-E と出⾎性変化を伴う ARIA-H の 2 種類の ARIA が発⽣します。
ARIAは通常、画像所見上軽度から中等度であり、臨床的には無症候性または軽度の症状があり、⾃然に治癒します(可逆的)。臨床試験のデータに基づくと、ARIA-Eはレカネマブ投与群の12.6%に発⽣し、2.8%に自覚症状を認めています。
一方で、稀にARIAが不可逆的な障害になることもありえます。 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#29. アミロイド関連画像異常
(Amyloid-related imaging abnormalities; ARIA)とは? A:アデュカヌマブで発症したARIA-E(血管原性浮腫)。 B:ADC MAPでは高信号。
C:4か月後、画像はほぼ正常化している。 Radiographics. 2023 Sep;43(9):e230009.
#30. アミロイド関連画像異常
(Amyloid-related imaging abnormalities; ARIA)とは? A:アデュカヌマブで発症したARIA-H(出血)。T2*WIで微小出血+脳溝に沿った出血病変(ヘモジデリン沈着症)。
B:同時にFLAIRで他部位に脳溝に沿ったARIA-E(滲出液貯留)も指摘あり。 Radiographics. 2023 Sep;43(9):e230009.
#31. ARIAの
症状 頭痛、 混乱、 視覚異常
めまい、吐き気、歩行困難 等が報告あり。
重篤な ARIAの症状は以下
o けいれん発作 o てんかん重積状態
o 脳症 o 昏迷 o 局所的な神経障害
ARIAが出現したら、
プロトコールに沿った対応が決まっている。 Front Neurosci. 2024 Jan 19:18:1326784.
#32. APOE遺伝子の評価はARIA発症リスク評価の参考になります。米国ガイドラインにおいてはこの検査の推奨があります。APOEε4遺伝⼦型は、ADの遺伝的危険因⼦です。APOEε4はAD発症のリスクを⾼めます。
一方で、APOEε4を2つ持っている場合には、ARIAの発症リスクが高いことが知られています(臨床試験では32.4%が発症)。レカネマブ使用の前に、ARIAの副作用リスクの検討において、これを参考に議論することも可能です。APOEε4キャリアではARIAのリスクが高いだけでなく、ARIA発症時に、症候性ARIAが多かったともされています。
ただし、本邦では保険収載されていない検査であり、検討が必要なテーマになっています。 ARIAのリスク評価 Lecanemab: Appropriate Use Recommendations.
J Prev Alzheimers Dis. 2023;10:362-377.
#33. Short summary④ 副作用のリスクについては説明が必要。
遺伝子検査で副作用リスクを勘案することもできるが、現状、保険適応外検査である。
#34. レカネマブ導入における
相談事項と
事前知識のまとめ
#35. MMSEがまずは前提条件。
DOAC使用者は非推奨である。
PET検査か髄液検査が必要である。これでできない人もいる。
CDR検査が必要である。
そもそも、進行しているアルツハイマー病では適応外である。 導入:まずはシンプルな除外基準を確認する。 1
#36. 通院の労力がかかることを確認。
金銭的コストを確認。
脳梗塞になったときのデメリットを説明。
ご家族がこの治療をサポートできるかどうか、の確認をする。 導入:相対的な除外基準を確認する。 2
#37. 結局、レカネマブとは、現時点では治療者側が強く奨めるようなスタンスがとりにくい治療だと思います。絶対やったほうがいい、という推奨はありません。今できる最大限の治療ではある、ただし、その治療効果が限定的である。そして、合併症もありうる。合併症による認知機能の減点もありうる。
これらを天秤にかけて、この条件でもやりたい、という意思があるかどうか。そしてご家族の気持ちだけでなく、ご本人の意思もきちんと議論して、方針を決定される必要はあろう。大切な時間を何に使っていくのか、という視点も大切。 有効性と副作用を天秤にかけての議論をする。 3
#38. レカネマブをめぐる問題については、皆が悩ましいと思っています。
その他、治療を行う病院のマンパワーも問題になりえます。
これだけの説明をしっかり外来で行うのも大変なわけです。
この話題に関わる、PC医ないしは患者さん・ご家族は
ある程度全体像を事前予習していただけることが好ましいと思われます。
THANK YOU !!