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腎性貧血の概要と重要性
#2. はじめに • 腎臓専門医でなくてもCKD(慢性腎臓病)患者を見る機会は多く、 非専門医でも腎性貧血の診断/治療をしてよいか相談されることは多い • CKD患者の貧血にESA(赤血球造血刺激因子製剤)の投与が 必要なのかどうか迷うこともある • ESAを投与しても改善が乏しい場合にどうすれば良いかも悩ましい これらの悩みに答えます!!!
#3. 目次 1. 腎性貧血の概要 2. ESAについて 3. ESA低反応性貧血 4. HIF-PH阻害薬
腎性貧血の診断基準と治療方針
#4. 1.腎性貧血の概要 腎性貧血とは何か ü エリスロポエチンは近位尿細管周囲の線維芽細胞様細胞から産生され、 組織の低酸素が産生の刺激となる ü 貧血が進むと腎臓はエリスロポエチン(EPO)の産生量を増やして対応する ü しかし、腎機能が低下するとHbの低下に見合った十分量のEPOが産生されず 貧血が改善しない つまり 腎性貧血は 貧血状態におけるエリスロポエチン(EPO)の相対的不足が主病態 一般的にeGFR 60 mL/min/1.73m2を目安に腎性貧血が出現すると言われている
#5. 1.腎性貧血の概要 EPO産生能低下以外の誘因 赤血球造血の抑制 • 様々な尿毒症性物質により赤芽球造血を抑制 赤血球寿命の短縮 • 赤血球膜障害、変形能障害により30〜60%程度の短縮 鉄代謝の障害 • ヘプシジン合成が促進し血清鉄低下と貯蔵鉄増加を来す
#6. 1.腎性貧血の概要 腎性貧血の診断 慢性腎臓病(CKD)患者における貧血の鑑別 薬剤性の疑い 薬剤中止 YES NO 白血球・血小板の異常 血液疾患の除外 YES NO 大球性(悪性貧血、葉酸欠乏性貧血などの除外) 小球性(悪性貧血、鉄利用障害などの除外) MCVのチェック 正球性 大球性or小球性 網赤血球増加 溶血性貧血、出血性病変などの除外 YES NO 血中EPO濃度測定 <50mIU/mL >50mIU/mL 腎性貧血の可能性を否定できないが、 他の貧血の鑑別を行う 腎性貧血 腎性貧血は除外診断である 阿部貴弥:日本医事新報 No.4909(2018.5.26), 28-36
#7. 1.腎性貧血の概要 治療開始基準と管理目標値 ▶治療開始基準 複数回の検査でHb 11.0g/dL未満となった時 ▶管理目標 Hb 11.0g/dL以上 13g/dL未満 ※心血管系の重篤な病歴がある場合はHb 12g/dLを超える場合休薬を検討 ※透析患者はHb 10-12g/dL(10g/dL以下で治療開始)
ESA(赤血球造血刺激因子製剤)の役割と使用法
#8. 2.ESAについて ESA(赤血球造血刺激因子製剤)とは p貧血状態におけるエリスロポエチン(EPO)の相対的不足が主病態である 腎性貧血に対する中心的な治療法 pエリスロポエチンが造血幹細胞に刺激を与える部位に作用することで赤血球の 産生を促す効果を持つ p簡潔に述べるとEPOの補充療法のようなものである p半減期と投与間隔が異なる複数の薬剤が存在する
#9. 2.ESAについて ESAの使い方 基本 p皮下注射もしくは静脈注射で投与 p透析患者では透析後に透析回路から経静脈投与する p投与量はESAの種類、貧血の程度、目標とする数値などを総合的に勘案する 副作用 • • • • 高血圧:高血圧患者でも必要に応じて投与する 血栓塞栓症:脳梗塞や心筋梗塞既往などの血栓性疾患が既往にある方でも 必要に応じて使用する。 予防的抗凝固薬の投与を推奨するエビデンスはない 癌の進行:癌の既往にある際にESAを投与しないことを推奨する文献はない 赤芽球癆:抗EPO抗体が誘因と言われている。まれな副作用
#10. 2.ESAについて ESAの例 短期作動型ESA ⻑期作動型ESA
ESAの種類と副作用、鉄欠乏の重要性
#11. 2.ESAについて ESAの長期型と短期型の違い Ø 長時間作用型ESAは半減期が長く、短時間作用型ESAよりも 投与頻度を減らすことができる Am J Kidney Dis. 2015 Jul; 66(1): 106‒113 Ø 短期作動型 vs 長期作動型の死亡率に有意差なし Clin J Am Soc Nephrol. 2019 Dec 6; 14(12): 1701‒1710. Ø 短期作動型でHb 9.0-9.9g/dLに保たれる群より長期作動型でHb 10.010.9g/dLに保たれる群は有意に死亡率が高い JASN June 2019, 30 (6) 1037-1048 など報告によって予後は異なる
#12. 2.ESAについて ESAのAKIへの適応 ü ESAのAKIへの適応は現在定まったものはない ü 動物実験レベルではエリスロポエチンの投与が腎臓組織の保護と虚血時の Front. Med., 21 February 2020 腎機能改善に関連していることが示されている ü 現時点では腎予後を改善しないが輸血の必要性は減少するという論文が Clinical Kidney Journal, Volume 13, Issue 3, June 2020 複数ある BMC Nephrology volume 23, Article number: 100 (2022) AKI+貧血では投与を検討しても良いかもしれない
#13. 2.ESAについて 忘れてはいけない鉄欠乏 Ø慢性腎臓病患者では鉄摂取不足や鉄吸収低下、慢性炎症など が原因で鉄欠乏をきたすことが多い Ø軽度の腎機能障害から透析期までのCKDの患者ではCKDではない患者と異なり、 TSAT(Fe/TIBC)<20% かつフェリチン<100 ng/mL ØTSAT<20%とフェリチン<100 ng/mLのどちらか片方だけでも鉄補充を考慮 Ø鉄補充は経口ないし静注でおこなうが、透析患者では静注が多い Ø鉄過剰による肝障害などを避けるため、フェリチンが300 ng/mL以上となる 鉄補充は推奨されない
ESA低反応性貧血の定義と原因
#14. 3. ESA低反応性貧血 ESA低反応性貧血 定義 p一定量のESAを投与しても1ヶ月後にHb値が上昇しないこと ü 一定量の例 (KDIGO ガイドライン2012) 300 単位/kg/週のエポエチンあるいは1.5μg/kg/週のダルベポエチン 原因 p 鉄欠乏(最多) p 悪性腫瘍 p 感染・炎症 p 血液疾患 p 透析不足 などなど… p 慢性失血 p ビタミン・微量元素欠乏 p 低栄養
#15. 4. HIF-PH阻害薬 HIF-PH阻害薬(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素阻害薬) 基本 pHIF-PHを阻害することで疑似的に低酸素のような状態を起こし エリスロポエチンなどを発現させ貧血を改善する p経口投与の薬剤(ESAは皮下注射 or 静脈注射) p鉄利用を促進し、鉄動態が改善するため鉄欠乏にならないように注意 副作用 p 悪性腫瘍の増悪 p 高血圧 p 糖尿病網膜症・加齢黄斑変性の増悪 p 血栓塞栓症 p 肝機能異常 使用前に日本腎臓学会 HIF-PH 阻害薬適正使用に関する recommendation (2020)に目を通す!
HIF-PH阻害薬の基本と使用時の注意点
#16. 4. HIF-PH阻害薬 HIF-PH阻害薬使用時の注意点 Ø鉄利用を促進するため十分な鉄補充の後に管理する ØHIF-PH阻害薬を使用する際は事前に悪性腫瘍、網膜病変の検査を行い、 適応の可否を慎重に判断する ØESA抵抗性の場合はまず原因を検索する 不明or対応困難な場合はHIF-PH阻害薬への変更を考慮可能 ØESAとHIF-PH阻害薬の併用は想定されておらず、行うべきではない
#17. 4. HIF-PH阻害薬 HIF-PH阻害薬 本邦で認可されているHIF-PHD阻害薬 一覧 一般名(商品名) 容量 頻度 その他 Roxadustat (エベレンゾ®) 20-200mg 分1 (<3mg/kgBW/日) 3回/週 妊婦✖ Daprodustat (ダーブロック®) 1-24mg 分1 連日 Vadadustat (バフセオ®) 300-600mg 分1 連日 Enarodustat (エナロイ®) 1-8mg 分1 連日 妊婦✖ 食前or就寝前 Molidustat (マスーレッド®) 5-200mg 分1 連日 妊婦✖ 食後 ※全て保存期・維持透析中ともに適応
#18. Q:亜鉛や銅は測定するべき? ü CKD患者において亜鉛欠乏はよく見られる ü 特にESA低反応性貧血では亜鉛欠乏も考慮すべき ü CKDの増悪と共に亜鉛の尿排泄が多くなることや吸収不良、摂取不良 が原因とされる ü CKD患者で銅欠乏が増えるという明確なエビデンスはないが、亜鉛補充 が銅欠乏を惹起することは知られている ü 銅欠乏患者でも貧血を認めるため注意が必要である ESA低反応性貧血患者で亜鉛欠乏を認める患者での亜鉛補充は メリット>デメリットと考えられるが 過剰な亜鉛投与とならないように定期的な血清亜鉛の測定を行う必要がある
腎性貧血治療の具体例とまとめ
#19. 腎性貧血のまとめ ü 腎不全患者ではエリスロポエチン(EPO)産生能の低下や 赤血球寿命の短縮、EPO反応性の低下、栄養障害などの要因で貧血となる ü 開始基準:Hb 11g/dL以下 目標Hb:11-13 g/dL ü 治療の主体は赤血球造血刺激因子製剤(ESA)の投与 ü 皮下注射または静脈内投与 ü 副作用 Ø Ø Ø Ø 高血圧 血栓塞栓症 癌の進行 赤芽球癆 など ü ESA低反応性の患者では、鉄欠乏の有無の確認も重要である ü 諸々の条件が整えばHIF-PH阻害剤の使用を検討する
#20. 腎性貧血治療の例① 症例 55歳男性 eGFR 30ml/min/1.73m² Hb 9.8g/dL, Fe 35μg/dL, UIBC 130μg/dL, フェリチン115ng/mL 治療方針は? u eGFR値からすると腎性貧血はほぼ間違いなく存在すると考え、ESAは必要である u 鉄欠乏に関してはTSAT 21%(Fe/Fe+UIBC)>20%、フェリチン>100ng/mL であり定義上鉄欠乏ではないが、ESAにより貧血改善すると鉄欠乏が顕在化する 可能性もあり注意深くフォローする
#21. 腎性貧血治療の例② 症例 70歳女性 eGFR 10ml/min/1.73m² Hb 7.9g/dL, Fe 20μg/dL, UIBC 130μg/dL, フェリチン80ng/mL 治療方針は? u eGFR値からすると腎性貧血はほぼ間違いなく存在すると考え、ESAは必要である u 鉄欠乏に関してはTSAT 13%(Fe/Fe+UIBC)<20%、フェリチン<100ng/mL であり鉄欠乏として鉄剤補充を行う u 鉄欠乏性貧血として悪性腫瘍など消化管出血の除外目的で内視鏡検査を行う
#22. Take Home Message • 腎性貧血は除外診断! • CKD保存期では目標はHb 11-13g/dL • 鉄の補充を忘れずに • ESA低反応の症例にHIF-PH阻害薬が期待される