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#2. 症例:80歳女性 下肢浮腫が出現したため近医を受診。 Hb 8.8 g/dL、eGFR 28 mL/min/1.73m2だった。 腎性貧血の疑いで腎臓内科へ紹介。
#3. 腎性貧血 ① 腎機能低下により、 ② ヘモグロビン(Hb)低下の程度に見合った エリスロポエチン(EPO)が産生されない ことによる貧血で、 ③ その主因が腎障害以外にないもの。
#4. ①腎機能低下と貧血有病率 腎機能低下の進行につれて 貧血の有病率が上昇する。 日本人の場合、 カットオフ値は まだ決定されていないが、 eGFR 40 ml/min/1.73m2 程度 だろう、という意見がある。 K Iseki et al, Anemia as a risk factor for chronic kidney disease. Kidney International (2007) 72, S4–S9
#5. ②HbとEPO 一般的に、腎性貧血は “Hb 10 g/dL未満のときに EPO 50 mIU/mL未満” が目安とされている。 逆に、大部分のCKD患者では、 血中EPO濃度は Hbレベルに関わらず、 基準値内に保たれている。 Artunc F, Risler T. Serum erythropoietin concentrations and responses to anemia in patients with or without chronic kidney disease. Nephrol Dial Transplant 2007; 22: 2900‒8
#6. ③CKD患者の貧血 ≠ 腎性貧血 CKD患者では、 腎性貧血以外の 貧血も多い。 薬剤性貧血 希釈性貧血 がんに伴う貧血 血液疾患による貧血 栄養障害による貧血 出血による貧血 溶血による貧血 無効造血による貧血 腎性貧血ガイドライン2015
#7. 貧血の考え方 (自己流) 1. 白血球と血小板数は正常? 2. 芽球は出てない?M蛋白・高Ca血症ない? 3. 消化管出血してない? 4. MCVはどのくらい?鉄足りてる? 5. 網赤血球数は増加している? 6. 7. 8. …… X. 腎性貧血?(除外診断)
#8. EPO測定の前に… ・便潜血、(胃カメラ、大腸カメラ) 鉄、TIBC、フェリチン VitB12、葉酸、(亜鉛、銅) T-Bil、LDH、甲状腺機能 (Coombs試験、ハプトグロビン) あたりは検索したほうがBetter ・ EPO濃度測定は腎性貧血の診断に必須ではない。 ・ 一般的にEPO濃度の測定は推奨されない。 腎性貧血ガイドライン2015
#9. 冒頭の症例(80歳女性) 検査 Hb 9.1 g/dL、MCV 78.5 TIBC 381 µg/dL、Fe 40.6 µg/dL TSAT 10.7%、フェリチン 16.1 ng/mL EPO 75 mIU/mL 、便潜血陰性 消化管内視鏡検査では明らかな異常なし 診断 # 鉄欠乏性貧血 ⇒ 鉄剤投与のみでHb 12.0 g/dLまで改善
#10. 腎不全+貧血の人が来たら ・一番最初に腎性貧血を疑うのはあんまり… ⇒ 腎性貧血は除外診断である。 ・しかし、その他全部の貧血を 除外してからじゃないと 腎性貧血の診断ができないのでは大変 ⇒ 鉄欠乏だけでも除外!
#11. 鉄欠乏性貧血 ・最も頻度の高い貧血の原因 ・20〜40代の女性では、 (1)Hb 12 g/dL未満が21% (2)フェリチン 25 ng/mL未満が65% (平成21年国民健康栄養調査) ・非透析CKD患者の半数に認められる Iimori S, et al. Anaemia management and mortality risk in newly visiting patients with chronic kidney disease in Japan : the CKD-ROUTE study. Nephrology 20 : 601-608, 2015
#12. 鉄欠乏性貧血の診断 一般的な診断基準 Hb :男性 13 g/dL未満 女性 12 g/dL未満 フェリチン :12 ng/mL未満 さっきの症例 フェリチン 16.1 ng/mL だったけど、 鉄欠乏性貧血なの?
#13. 鉄欠乏性貧血の診断 一般的な診断基準 Hb :男性 13 g/dL未満 女性 12 g/dL未満 フェリチン :12 ng/mL未満 + フェリチン :炎症を伴っていて 45 ng/mL未満 TIBC :360 µg/dL以上 TSAT :20%未満
#14. 機能的鉄欠乏 TSAT<20% または フェリチン>300 ng/mL は鉄利用障害を示唆し、 予後不良 Guedes M, et al. Serum Biomarkers of Iron Stores Are Associated with Increased Risk of All-Cause Mortality and Cardiovascular Events in Nondialysis CKD Patients, with or without Anemia. J Am Soc Nephrol. 2021 ;32(8):20202030.
#15. CKDではTSAT<20%で 心血管系イベント/心不全が多い
#16. 貧血がなくても 鉄欠乏は心不全の予後悪化因子 FAIR-HF研究: 心不全(EF < 45%)を有する 鉄欠乏あり(フェリチン<100 ng/mL または フェリチン 100~300 かつ TSAT < 20%)の 非貧血患者(平均Hb 11.9 g/dL)に対するRCT 鉄補充により、 NYHAスコアの改善 QOL改善 6分間歩行テストの改善 心不全入院の抑制 を認めた Stefan D. Anker, et al. Ferric Carboxymaltose in Patients with Heart Failure and Iron Deficiency. N Engl J Med 2009;361:2436-2448
#17. CKDでは鉄欠乏があるとHb関係なく 全死亡や心血管イベントが増える
#18. 鉄欠乏による血栓症 ・鉄の血小板凝集作用抑制が低下 ・鉄の血小板新生抑制が低下 ・貧血によるEPO濃度上昇 ・ESA抵抗性に対するESA製剤の過剰投与 ・小球性貧血に伴う赤血球の変形能低下から 血液の粘度上昇 ・トランスフェリン上昇による凝固亢進 などの説がある
#19. 特発性浮腫の一部は鉄欠乏かも? 特発性浮腫 ・20~40代の女性に多い ・頭痛、めまい、手足の冷感、全身倦怠感 疲れやすい、疲労感や不安感などの精神症状 鉄欠乏の症状 ・20~40代の女性に多い ・頭痛、めまい、手足の冷感、全身倦怠感 疲れやすい、疲労感や不安感などの精神症状 耳鳴り、息切れ、口角炎、乾燥肌、肩こり など
#20. 鉄欠乏による浮腫 (仮説) ・低酸素による心拍出量の増加 ・血管拡張、末梢血管抵抗の低下 ・静脈よりも動脈が拡張することによる 毛細血管圧の亢進
#21. 鉄の代謝 鉄は閉鎖系 25 mg/day 老廃赤血球 脾臓 3500 食事 1 mg/day mg/body 便 尿 など 1 mg/day 汗
#22. 鉄の吸収 ヘム鉄:主に動物性 ⇒ 吸収率 13~23% 非ヘム鉄:主に植物性 ⇒ 吸収率 1~8% ビタミンC:吸収率上昇↑(最近の学説では否定気味) タンニン:吸収率低下↓ 平均吸収率10%として、1 mg/dayの必要鉄は10 mg/day (月経中の女性は15~20 mg/day) ⇒ 20~49歳日本人女性の 平均鉄摂取量は 7 mg/day = 鉄摂取不足
#23. 貧血を見たら積極的に 鉄を投与していいのか? ・静注鉄剤投与量が多い患者では、 心血管系合併症、感染症、死亡リスクが高い ・慢性炎症ではフェリチンが上昇している ・フェリチン高値は生命予後の不良因子 ・肝臓への鉄沈着は肝不全、発癌のリスク ・長期的な鉄の酸化ストレスへの懸念
#24. フェリチンは 300 ng/mL未満に ・進行したCKD患者では、 血清フェリチン 250 ng/mL以上になると 死亡率が上昇する傾向が報告されている。 Kovesdy CP, Estrada W, Ahmadzadeh S, Kalantar‒Zadeh K. Association of markers of iron stores with outcomes in patients with nondialysis‒dependent chronic kidney disease. Clin J Am Soc Nephrol 2009; 4: 435‒41. ・血清フェリチン 300 ng/mL以上となる 鉄補充療法は推奨しない(2D) 2015年版「慢性腎臓病患者における 腎性貧血治療のガイドライン」
#25. 鉄過剰症(ヘモクロマトーシス) 肝臓:肝腫大、線維化 肝硬変、肝細胞癌 心臓:うっ血性心不全、不整脈 膵臓:糖尿病、膵臓癌 内分泌:下垂体機能低下、甲状腺機能低下 その他:色素沈着、関節機能障害 免疫低下、感染症 など
#26. 鉄投与の原則 必要な患者に 必要な時に 必要な量を 投与する
#27. 鉄製剤 剤形 経口剤 静注剤 一般名 商品名 鉄含有量 クエン酸第一鉄Na フェロミア 50 mg/錠 硫酸鉄 フェロ・グラデュメット 105 mg/錠 フマル酸第一鉄 フェルム 100 mg/カプセル ピロリン酸第一鉄 インクレミン 6 mg/mL クエン酸第二鉄 リオナ 250 mg/錠 含糖酸化鉄 フェジン 40 mg/2mL カルボキシマルトース第二鉄 フェインジェクト(2020年) 500 mg/10mL デルイソマルトース モノヴァー(2023年) 500 mg/5mL 1000 mg/10mL 鉄過剰症のリスク低減のため経口投与が第一選択
#28. 経口鉄製剤 ・消化管内の鉄イオン濃度が高くなると、 消化器症状が出やすくなる ・徐放製剤(フェロ・グラデュメット、フェルム)や 非イオン型(フェロミア)など、 副作用予防の工夫がされている ・吸収効率は、第一鉄(Fe2+)>第二鉄(Fe3+) だが、第二鉄(リオナ)のほうが悪心が少ない ・説明しておかないと、便が黒くなって驚く びっくりして救急車で来ることも
#29. 実は隔日投与のほうが効くかも ・鉄剤を頻回、大量に内服すると、 体内のヘプシジンが増加し、鉄吸収率が落ちる。 ・60mg 2錠 分2(120mg)と60mg 3錠 分3(180mg)では、 吸収された総鉄分量に有意差がなかった。 ・6 倍(40 mg vs 240 mg) 1回投与では、 吸収された総鉄分量は 3 倍差だった。 Diego Moretti et al, Oral iron supplements increase hepcidin and decrease iron absorption from daily or twice-daily doses in iron-depleted young women. Blood. 2015 Oct 22;126(17):1981-9. ・ヘプシジン反応の持続期間から考えると、 隔日投与が最大効率となる。
#30. ピロリ菌感染による鉄欠乏性貧血 ・ H.pylori感染者は、胃粘膜での ラクトフェリン濃度が増加している。 ・ H.pyloriは、胃粘膜でラクトフェリン内の O Husson et al, Iron acquisition by Helicobacter 鉄を収奪して増殖する。 Mpylori: importance of human lactoferrin. Infect Immun. 1993 Jun;61(6):2694-7. ・H.pylori感染者では、非感染者に比べて、 鉄剤投与後の血清鉄の上昇が少なかった。 ・H.pylori除菌後は同等になった。 C Ciacci et al, Helicobacter pylori impairs iron absorption in infected individuals. Dig Liver Dis. 2004 Jul;36(7):455-60.
#31. 静注鉄製剤 ・古くから最もよく使われているフェジンは、 酸性溶液中で混濁、沈殿するため、 ブドウ糖液で希釈しなければいけない。 ・鉄過剰症とならないように注意が必要! ・2020年以降にも2種類の 新規薬剤が発売されている。 (心不全患者の症状改善目的での鉄剤補充は、 静脈内投与が推奨されている)
#32. 鉄以外の微量元素による貧血 67歳女性 原疾患 糖尿病性腎症による末期腎不全 2004年10月 2020年09月 血液透析導入 亜鉛欠乏の診断 酢酸亜鉛水和物製剤の内服開始 2021年04月 Hb 5.6 g/dLで当院紹介 内服薬:酢酸亜鉛水和物製剤(50)2T2X その他16剤
#34. 血液検査 WBC 1600 Hb 5.6 MCV 104.3 147000 178 194 91.8 763.1 1500以上 5.7 12 212 122 Plt Fe TIBC TSAT フェリチン VitB12 葉酸 Cu Zn ハプトグロビン /μL g/dL fl /μL μg/dL μg/dL % ng/mL pg/mL (180-914) ng/mL (3.6-12.9) μg/dL (70-132) μg/dL (80-130) mg/dL (55-324)
#35. 亜鉛過剰による銅欠乏 診断 酢酸亜鉛水和物製剤による亜鉛過剰 銅欠乏による貧血 治療 酢酸亜鉛水和物製剤の中止 銅補充(ピュアココアパウダー) →薬価収載されている銅の内服薬はない
#36. 治療経過 9000 16 14 212 8000 14 7000 Zn 6000 110 96 12 8 5.6 4000 3000 WBC 2000 1000 10 Hb 5000 4000 Cu 12 1600 6 4 2 0 0 4月 7月
#37. 亜鉛過剰による銅欠乏性貧血 亜鉛過剰により メタロチオネイン (MT)が増加 ↓ 腸管での銅吸収障害が起こる。
#38. 亜鉛の含有量と服用回数 『酢酸亜鉛水和物製剤錠50mg』 …1錠に50.0 mg(1日2~5回) 「亜鉛」の摂取基準は 成人男性で1日 10 mg 成人女性で1日 08 mg 『ポラプレジンク』 …1錠に16.9 mg(1日2回) 本症例では、 酢酸亜鉛水和物製剤錠 50 mg 2錠/日を半年以上 内服していた。 『亜鉛欠乏症の診療指針2018』が出版されてから 亜鉛過剰による銅欠乏患者が増えている???
#39. 亜鉛投与の原則 必要な患者に 必要な時に 必要な量を 投与する
#40. 腎性貧血 治療の歴史 1976年 熊本大学の宮家隆次らが、 再生不良性貧血患者の尿 2.5トンから 高純度EPO 10 mgの生成に成功。 1985年 EPO遺伝子がクローニングされ、 大量生産が可能になった。 1990年 EPO製剤が販売開始となった。
#41. EPO/ESA製剤 (ESA:Erythropoiesis Stimulating Agent ) EPO/ESAは蛋白質なので、 内服しても消化されてしまう。⇒注射製剤 局所疼痛 定期的な通院 医療従事者の負担 冷所保存 医療廃棄物の増加 アナフィラキシー などの問題
#42. 2020年代の腎性貧血治療 HIF-PH阻害薬の発売 2019年11月 ロキサデュスタット (エベレンゾ) 2020年08月 ダプロデュスタット (ダーブロック) 2020年08月 バダデュスタット (バフセオ) 2020年12月 エナロデュスタット (エナロイ) 2021年04月 モリデュスタット (マスーレッド) 内服での腎性貧血治療が可能になった。
#43. HIF-PH阻害薬 1992年 HIF-1の発見 1995年 HIF-1の同定 2001年 制御機構の解明 2019年 ノーベル賞受賞 → HIF-PH阻害薬の発売
#44. 腎臓でのEPO産生 近位尿細管の周囲にあるEPO産生細胞(REP細胞)が 酸素分圧低下に反応してEPOを産生する。 EPO 酸 素 低 下 REP細胞 赤血球 網状赤血球 造血幹細胞
#45. 低酸素誘導因子 (hypoxia-inducible factor:HIF) REP細胞内でHIF-2αが蓄積し、 HIF-1βと二量体を形成することで、 EPOが転写される。 通常の酸素濃度下では、 HIF-αは水酸化・分解されてしまう。 PH阻害薬は、HIF-αの水酸化を防ぎ、 HIF-α/HIF-βヘテロダイマーを増加、 EPO産生を増加させる。 Tarek Souaid, et al. Anemia of chronic kidney disease: Will new agents deliver on their promise? Cleveland Clinic Journal of Medicine April 2022, 89 (4) 212-222
#46. HIF-PH阻害薬と鉄利用 ↑フェロポーチン : 細胞から血液へ鉄を放出する ↑トランスフェリン : 血中で鉄を運搬する ↓ヘプシジン : フェロポーチンを分解する ・鉄吸収・貯蔵鉄利用の促進 →機能的鉄欠乏の解消 (フェリチンが急激に下がる)
#47. HIF-PH阻害薬と血栓塞栓症 急激なHb値の上昇 ・血液が急激に粘稠になることで血栓症リスクが上昇 ・Hb値の上昇速度が0.5 g/dL/週を上回らないようにする 鉄欠乏 ・鉄欠乏自体が血栓塞栓症のリスクである ・TSAT 20 以上、 Xiaopeng Tang, et al. Iron-Deficiency and Estrogen Are Associated With Ischemic Stroke by Up-Regulating Transferrin to Induce Hypercoagulability. Circ Res. 2020 Aug 14;127(5):651-663. フェリチン 100~300 ng/mLを目標に管理する
#48. 日本の腎性貧血ガイドラインは このままでいいのか??? TSAT ・ESA 製剤も鉄剤も投与されておらず 目標 Hb 値が維持できない患者において、 血清フェリチン値が 50 ng/mL未満の場合、 ESA 投与に先行した鉄補充療法を提案する(2D) ・ESA 投与下で 目標 Hb 値が維持できない患者において、 血清フェリチン値が 100 ng/mL未満かつ TSAT が 20%未満の場合、 鉄補充療法を推奨する(1B) は??? または ではなく???
#49. 私見 <20 フェリチン <100 鉄 100~300 鉄 300< HIF-PH 阻害薬 炎症性疾患 の治療 TSAT 20< 鉄 ESA製剤 HIF-PH 阻害薬 VitB12、葉酸 銅、亜鉛 血液疾患 などの除外
#50. Take-home massage ・腎機能が悪かったとしても、 すぐに腎性貧血の診断に飛びつかずに、 頻度の多い鉄欠乏貧血から除外していくべき ・鉄欠乏は貧血以外にも心不全、血栓症など 種々の症状を起こす ・HIF-PH阻害薬は鉄利用を促進するため、 急激にフェリチンが低下し、 血栓塞栓症を起こす危険性がある