テキスト全文
心不全の評価と治療の概要
#1. かたやまたかし@循内
2022/12/23 初版、2025/08/08 改訂3.0版 心不全の評価と治療2025年改訂版
#2. 自己紹介 かたやまたかし@循内
2009年卒業
循環器専門医、総合内科専門医
地方の総合病院で循環器内科医として勤務 本スライド内容に関連し開示すべき利益相反(COI)関係にある企業などはありません
心不全の定義と症状
#4. 目次 心不全とは
心不全診断における症状や徴候
心エコー図
急性非代償性心不全 (ADHF)
EF による分類と心不全治療
患者教育・セルフケア
#5. 心不全とは 「心不全」は病態であり、いろんな分類や表現があります
#6. 心不全とは 心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、
だんだん悪くなり、生命を縮める病気 日本循環器学会、日本心不全学会. 2017(一般向けにわかりやすく表現したもの)
心不全の分類と治療法
#7. 心不全とは
心臓が悪いために、 心拍出量低下や組織低灌流
心臓の先へ血液を十分送り出せない うっ血や心内圧上昇
心臓の手前で血液が滞る 肺うっ血 息切れ、起坐呼吸 体うっ血 むくみ、体重増加 末梢冷感、めまい、
倦怠感、尿量減少
息切れやむくみが起こる 心臓の構造的・機能的な異常
左室駆出率(EF)の低下
左室の広がりやすさ(拡張能)の低下
心腔が異常に大きい、壁が厚い
弁の狭窄や逆流 原因 症状や徴候 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p19 表3 を参考に作図
#8. 心不全の世界共通定義 (2021) *1 Universal definition and classification. Bozkurt B, et al. Eur J Heart Fail 2021; 23(3): 352-380. *2 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p35 表13
BNP, ナトリウム利尿ペプチド. 心臓の構造的・機能的な異常を
原因とする 症状や徴候 BNP上昇 肺うっ血や体うっ血の
客観的所見 あるいは 心不全とは、現在または過去に下記が認められる臨床症候群です*1 うっ血の客観的所見
画像所見(胸部X線、心エコー図)
血行動態測定(右心カテーテルなど) Universal definition 50年以上前から用いられてきた
フラミンガム研究での診断基準に加え、
BNP または うっ血の客観的所見が診断に求められるようになったのが特徴です
#9. 心不全の分類 は 目的によって使い分ける 病態別 段階別 症状や循環動態に対する治療を考えるとき 病状の段階に応じた適切な介入やリスクアセスメントを考えるとき 主に急性期(急いで治療方針を判断するための分類)
クリニカルシナリオ分類(血圧から 1~3 の 3 群に分類し治療)
Nohria-Stevenson分類(身体所見から 4 群に分類し治療)
急性期~慢性期
EF による分類(HFrEF, HFmrEF, HFpEF, HFimpEF) NYHA 心機能分類(重症度を自覚症状から I~IV の 4 段階に分類)
INTERMACS (J-MACS) profile 分類(NYHA III 以上を7段階に細分化)
ステージ分類(進展度を A~D の 4 段階に分類)
ステージCにおける心不全増悪の段階 (de novo HF, WHF, DHF, ADHF) にーは NYHA, New York Heart Association; rEF, reduced EF; mrEF, mildly reduced EF; pEF, preserved EF; de novo HF, 新規発症心不全; WHF, 心不全増悪; DHF, 非代償性心不全; ADHF, 急性非代償性心不全. ノーリア スティーブンソン
心不全診断の流れと方法
#10. 心不全の
ステージ分類 心不全ステージごとの治療目標 ステージ A
心不全リスク
危険因子がある
高血圧、動脈硬化性疾患、糖尿病、慢性腎臓病、肥満等 ステージ B
前心不全
構造的/機能的心疾患
心内圧上昇
BNP or トロポニン上昇 ステージ C
症候性心不全
現在または過去に心不全の症候がある ステージ D
治療抵抗性心不全
治療にも関わらず重度の心不全症状 危険因子のコントロール(減塩、食事運動療法、血圧・血糖・脂質管理)・心臓リハビリテーションを含む包括的疾病管理 構造的/機能的心疾患の進展予防(冠動脈血行再建、降圧薬、抗不整脈薬など) 死亡回避・入院/再入院予防・QOL改善、ACP・緩和ケア 病状経過 心不全発症後 (突然死) 治療目標 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p20 図2、図3 を参考に一部改変。各ステージの定義と基準は同ガイドライン p21 表4 をご参照ください。 運動耐容能 / QOL 病の軌跡 ステージDへの移行を遅らせる 心不全増悪を予防
突然死を予防 心不全発症を予防
突然死を予防 増悪を繰り返すたびにダメージが溜まっていく 治療により改善した軌跡
#11. 心不全診断における症状や徴候 心不全に特異的な自覚症状や身体所見はありません(そこが心不全の難しいところ)
症状や徴候をきっかけに、BNP値や心臓由来のうっ血所見を確認して心不全と判断していきます
#12. 心不全診断の流れ(概要) 問診
自覚症状
病歴(既往、家族歴)
身体所見
ラ音、心雑音・過剰心音の聴診
頚静脈の視診
下腿浮腫
心電図 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p29~30 図8 を参考に作図 心臓の構造的・機能的な異常を
原因とする 症状や徴候 血液検査
(BNP) うっ血の画像所見
胸部X線
心エコー図 あるいは 心不全の世界共通定義 上記の流れで診断し、原因疾患、左室駆出率(EF)、心不全ステージなどに応じた治療に進んでいきます。
心不全の可能性が高くないと判断された場合も、必要に応じて心不全の発症予防や経過観察を検討します。 心原性以外の鑑別:呼吸器、腎、肝、貧血
心不全の診断における重要な指標
#13. 問診で心不全症状を聞き出す 日本心不全学会.急性・慢性心不全診療ガイドライン かかりつけ医向けガイダンス 2019. p20 を参考に一部抜粋・改変し作表。 心不全に特異的な自覚症状や身体所見はありません。
可能性を疑う症状や所見があれば、検査などを追加し心不全を診断していきます。 ベンドニア
#14. 頚静脈視診による右房圧の推定 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p32 図10 の表記を参考に作成 座位45度、難しければ通常座位でもよいです
右側の前頚部を視診します 右の胸鎖乳突筋 右房 右の外頚静脈の怒張 右の内頚静脈の拍動 収縮期 拡張期 a v x y 心室 右房圧 a 内頚静脈は表皮が1拍で2回へこむ 右房から胸骨角までの高さは、体位によらず5 cm とされている 胸骨角から
外頚静脈怒張
内頚静脈拍動 頚動脈の拍動との鑑別
1拍で2回へこむ
拍動を触知できるほどの圧がない
以下は拍動がどこで見えるか探す時にも有用
呼吸性変動がある(頂点が吸期に下降)
体位で変動がある(頂点が臥位で上昇、坐位で下降)
「肝頚静脈逆流」による変動がある(右季肋部をじわーっと押すと上昇) 胸骨角 この足し算が
推定右房圧 の頂点までの高さ ひくひくっ! ※外頚よりも内頚静脈の方が正確とされています
※太っている場合、首が短い場合は観察しにくいです 胸骨角から内頚静脈拍動の頂点まで垂直方向に3cm以上あれば頚静脈怒張とします 正しく評価するにはいろいろなことを理解する必要がありますが、習得すると有用です。
#15. BNP の解釈 BNP 35 以上、NT-proBNP 125 以上を目安に、危険因子があれば 胸部X線、心電図、心エコー図検査 をお勧めします
高齢、腎不全、貧血、感染・全身炎症、心房細動で BNP は上昇するので注意
肥満で BNP は低下し過小評価となるので注意 日本心不全学会 「血中BNPやNT-proBNP値を用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版」 の内容から作表
2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p34 図12, p35 表13
心エコー図による評価と解釈
#16. 心エコー図 心エコー図は、心不全診療に必須の評価方法です
見るのは EF だけではありません
#17. 心臓にエコープローブを当ててみよう 突起を
右肩向きに
たすき掛け 90度 時計回転で
突起は左肩向き プローブを
外へ寝かせる
(「あおる」) 左室 左房 右室 右房 長軸像 短軸像 四腔像 厚さと動き 弁の開き 大きさ 左室全体の動き特に心尖部 逆流の程度 左室壁全周の動き(asynergy) 演者作図 心エコーの
プローブは
セクタ走査 突起/
マーカー 心尖拍動部
心電図のV5あたり 胸骨左縁第3~4肋間
心電図のV2~3あたり 左側臥位で
心臓を胸壁に
密着させると
見やすくなります
#18. 心エコー図から心不全の病態を考える 左室 左房 右室 右房 左房が大きい 何が原因で左房が拡大しているか
左室充満圧が高いために左房が圧負荷で拡大している?左室充満圧上昇の要因となるような左室拡張障害はある?
僧帽弁が狭窄して圧負荷がかかっている?僧帽弁が逆流して容量負荷がかかっている?
心房細動により心房リモデリングを生じている? 左房拡大によって…
心房細動を生じやすくなっているかも? 左室壁が厚い 何が原因で左室が肥厚しているか
長年未治療だった高血圧にさらされていたのか?
大動脈弁狭窄症による圧負荷?
心アミロイドーシスを疑う併存症はないか? 左室肥大によって…
拡張障害を伴っていないか?
左室流出路狭窄はないか? 考える例
心不全の原因と治療方針
#19. 心エコー図レポートの読み方 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p22 表5、地域のかかりつけ医と多職種のための心不全診療ガイドブック p20、HFA-PEFFスコア基準、
2025年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン p73~74、2020年改訂版 弁膜症治療ガイドライン p13, p30, p56
#20. [参考]主な原因疾患の表現型パターン 演者作表ですので、誤りなどあればご指摘ください 同じ基礎疾患でも、程度や時間経過によって表現型が異なります。複数の原因疾患が関与していることもしばしばあります。
原因の鑑別と治療方針の吟味は難しいことも多いため、初発の心不全は、ぜひ一度は専門医へご紹介ください。
#21. [参考]心アミロイドーシス 日本版Red-flag (ESC Heart Fail. 2021; 8: 2647-2659) を参考に一部抜粋・改変。 FLC, free light chain 遊離軽鎖.
2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン p11 表6 などをもとに下表を作成。疾患修飾薬導入認定施設数は2025年7月末時点。 免疫グロブリン軽鎖 ALアミロイドーシス ATTRwtアミロイドーシス
旧:老人性全身性アミロイドーシス(SSA) ATTRvアミロイドーシス
旧:家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP) AAアミロイドーシス 野生型トランスサイレチン
(wt = wild-type) 変異型トランスサイレチン
(v = variant) 血清アミロイドA 形質細胞異常
(TTR型より予後悪い) 加齢
(60歳以上の男性に多い) TTR遺伝子変異
(常染色体顕性遺伝) 炎症性疾患(関節リウマチなど) 血清の遊離軽鎖(FLC)血清と尿の免疫固定法 99mTcピロリン酸シンチ 99mTcピロリン酸シンチ
TTR遺伝子検査 DCyBorD療法など
血液内科 ビンダケル、ビンマック
ビヨントラ錠
アムヴトラ皮下注
国内141の認定施設 炎症抑制 アミロイド前駆蛋白 基礎疾患 生検までの検査 主な薬物治療 心アミロイドーシスの病型 ※心症候を伴わない病型の全身性アミロイドーシスも多くあります Red-flagのいずれかがないか?
心電図:心肥大に見合わず高くない電位
心電図:前胸部誘導R波増高不良
高感度トロポニン値が高値
手根管症候群、脊柱管狭窄症 左室肥大
(>12mm) M蛋白検出のための3項目
血清遊離軽鎖(FLC) λとκの差
血清 免疫固定法
尿 免疫固定法
99mTcピロリン酸心筋シンチグラフィー(あるいはまず心臓造影MRI) 生検
治療 自施設で可能な検査をする
急性非代償性心不全の管理
#22. 急性非代償性心不全(ADHF) これまで「急性心不全」と呼んでいたような病態をADHFと呼ぶようになりました
症状などが悪化して治療強化が必要な状態を「非代償性心不全(DHF)」といい、緊急・救命的な治療を要するものを「急性非代償性心不全 (ADHF)」といいます
#23. 心不全増悪 (WHF) 対応の例 心不全増悪(WHF)の時間経過 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p95 図28 より引用改変
WHF, worsening heart failure; DHF, decompensated heart failure; ADHF, acute decompensated heart failure. 時間 うっ血の重症度 心内圧の上昇
BNP上昇 3週間前 2週間前 1週間前 入院 体重増加 労作時息切れ
下腿浮腫 心不全基本薬の最適化
減塩の強化 静注利尿薬
酸素投与・補助換気 安静時呼吸困難
起坐呼吸 非代償性心不全(DHF) 急性非代償性心不全(ADHF)
緊急で治療強化対応が必要 経口利尿薬の大幅な増量 体液再分布型
(急性肺水腫) 体液貯留型
(浮腫)
#24. 急性非代償性心不全(ADHF)の評価と対応(概要) 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p97 図30、p100 図32、p106 図35、ほか ESC 2021、AHA 2022 pe960 を参考に作図 体液貯留に対する急性期治療の基本は
まず フロセミド 20~40mg 静注
すでに内服中ならその1~2倍量を静注 低灌流・心原性ショック の徴候
”cold” 収縮期血圧
<90mmHg
平均血圧
<60mmHg うっ血 の徴候
“wet” 起坐呼吸
頚静脈怒張
浮腫
肺うっ血所見 強心薬(ドブタミンなど)
体液貯留がなければ急速補液
集学的チームで機械的補助循環(MCS)(IABP, VA-ECMO, IMPELLA) 急性非代償性心不全の
多くはこれ これらの徴候を
見逃さない! エクモ インペラ 両方へ
評価と対応 意識障害
四肢冷感、網状皮斑
尿量 <30 mL/h
乳酸値 >2 mmol/L
ADHFの初期対応と評価
#25. ADHF の初期対応(最初の10分) トリアージ
意識レベル、四肢冷感
血圧、心拍数、心電図モニター
呼吸数、SpO2
体温
血液ガス
病態評価 10分以内 心原性ショックか
収縮期血圧<90 あるいは 平均血圧<60
組織低灌流(乳酸値>2 mmol/L) 循環・全身管理
体液貯留がなければ生理食塩液を補液
強心薬 ドブタミン持続静注0.3%シリンジ(150mg/50mL) 2mL/h (2γ)で開始
機械的循環補助 (IABP, VA-ECMO, IMPELLA) 呼吸不全はあるか
SpO2 90%未満 呼吸管理
酸素投与、高流量鼻カニュラ(HFNC)
NPPV(S/Tモード、IPAP 8、EPAP 5、呼吸数 15/分)
気管挿管 ACSか 緊急CAG・PCI/CABの検討 心原性
ショック 呼吸不全 疑わしい 急性非代償性心不全 (ADHF) かも 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p97 図30 より引用改変
NPPV, 非侵襲的陽圧呼吸; ACS, 急性冠症候群; CAG, 冠動脈造影; PCI, 経皮的冠動脈インターベンション; CAB, 冠動脈バイパス術 並行して評価 他の原因 原疾患の治療 疑わしい 心筋炎、心タンポナーデ、不整脈、肺塞栓症 並行して
#26. ADHF の初期対応(次の60分) うっ血・低灌流の評価
血液検査、BNP
12誘導心電図
心エコー図、肺エコー図
胸部X線/胸部CT 次の60分以内 うっ血(wet)はあるか
起坐呼吸、頸静脈怒張、BNP、胸部X線、心・肺エコー図 低心拍出・組織低灌流(cold) フロセミド注 20~40mg 静注すでに内服中の場合、その1~2倍量を静注 wet cold 効果と病態の再評価
ACS
心筋炎
不整脈
高血圧緊急症(臓器障害)
機械的合併症(ACS後心破裂、大動脈解離、感染性心内膜炎)
肺塞栓
右心不全、収縮性心膜炎
高心拍出心不全(敗血症、甲状腺中毒、貧血、脚気) 次の60分以内 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p97 図30、p106 図35 を参考に作図 ACSか
胸痛、心電図、
心エコー図、トロポニン値 緊急CAG・PCI/CABGの検討 ACSが疑わしい 体液貯留がなければ生理食塩液を補液
強心薬 ドブタミン持続静注0.3%シリンジ(150mg/50mL) 2mL/h (2γ)で開始
#27. Nohria-Stevenson 分類 ノーリア スティーブンソン Profile A: dry-warm
うっ血なし、血行動態維持
(^-^) warm
低灌流所見なし cold
低灌流所見あり wet
うっ血所見あり dry
うっ血所見なし Profile L: dry-cold
脱水、血圧低下・低灌流あり Profile C: wet-cold
うっ血あり、低灌流あり Profile B: wet-warm
うっ血あり、血行動態維持 四肢冷感、傾眠傾向
尿量低下・腎機能悪化 利尿+強心薬(±MCS) 利尿(±血管拡張薬) 補液(±強心薬) 起坐呼吸、発作性夜間呼吸困難
頚静脈怒張、浮腫、腹水 身体所見から
治療方針を考える 急性・慢性心不全診療ガイドライン2017年改訂版 p13 図3、p81 図12 をもとに、治療方針は 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p97 図30 を反映させて作図.MCS, 機械的補助循環.
利尿薬の使用と管理
#28. [参考]クリニカルシナリオ (CS) 分類 収縮期血圧
(mmHg) CS1 肺水腫
血管拡張薬(硝酸薬、ハンプ)
±(体液貯留もあれば)利尿薬 140 CS2 体液貯留
利尿薬(フロセミド注20mg 1A)
血管拡張薬(硝酸薬、ハンプ) 100 CS3 低心拍出
体液貯留がない場合は補液
強心薬(ドブダミンシリンジ)
血管収縮薬(ノルアドレナリン)
心原性ショック
薬物治療+補助循環 (IABP, Impella) 90 最初の10分で
血圧から治療薬を判断 CS4 急性冠症候群
CS5 右心機能不全 心不全診療ガイドライン2025年改訂版 では p96 に1行だけ記載があります。Crit Care Med. 2008; 36(1 Supple): S129-39. PMID: 18158472 高血圧性の急性肺水腫などでは、
初期治療として血管拡張薬により肺うっ血症状を軽減させます。 急性心不全の多くの場合は
体液過剰があるので、
利尿薬による是正が
初期治療の基本となります。 ※さすがに血圧だけで治療方針を決めるのは無理があるので、初期対応の目安程度に。 体液再分布型のうっ血 体液貯留型の
うっ血
#29. ADHFにおける利尿薬の投与方法 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p106 図35 を参考に一部改変。尿中Naはトルバプタン以外の利尿薬でナトリウム利尿を強化した場合。*1 適用外。 フロセミド 20~40 mg 静注 すでに利尿薬を内服中ならその1~2倍量 反応性評価
尿量 >1.5~2 mL/kg/h体重50kgなら…1時間で75~100mL、6時間で450~600mL
尿中Na >50~70 mEq/L
うっ血の徴候や症状の改善 反応が十分得られるまで
6時間ごとに評価
(24時間以内に達成させる) 最初は1~2時間後に評価 初回量の 2~4倍 まで倍加 他の利尿薬の併用
サイアザイド系
トルバプタン(サムタス点滴静注用)
アセタゾラミド(ダイアモックス注射用*1) 12時間後に同量を投与
または持続投与 反応あり 反応が不十分 and/or 腎代替療法 利尿薬に反応不良なら… うっ血所見が消失し至適体液量(euvolemia)になったら、必要最低限の維持量の経口へ切り替える 12時間ごとに繰り返し投与
(例:6時と18時) ユーボレミア 血圧、UN, Cr, Na, Kなどモニタリング
#30. 利尿薬が効きにくい原因と対処 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p106 の内容を参考に作表
心不全治療における薬物療法
#31. 至適体液量は、うっ血の消失で判断する 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p99 心エコー検査
下大静脈径 →右房圧を推測
三尖弁逆流速度 →肺動脈圧を推測
僧帽弁血流流入パターンなど →左室充満圧を推測 息切れ・呼吸困難 の解消
安静時だけでなく、歩行時や心臓リハビリテーション時など労作時にも評価する 体重 がもとに戻る
心不全増悪前の体重
前回心不全入院時の退院時体重(退院時サマリなどに体重を記載しておくとよい) BNP
ただし患者ごとの至適値はさまざまなので、本人の心不全増悪前の値などを参考にします 判断が難しい場合は右心カテーテル検査で評価することもあります
#32. 利尿薬の維持量と腎機能 利尿薬は、うっ血解除に必要十分かつ最低限*1の用量にしましょう
高用量のループ利尿薬は予後悪化と関連する*2ため最低限に
一方で、十分にうっ血解除した状態で退院することも重要です*3
利尿薬によるうっ血の改善や、RAAS阻害薬の開始・増量によって、血清Crが軽度上昇することがありますが、予後悪化とは関連しないので、軽度のCr上昇を理由に安易に減量や中止はしない*4
2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p98 図31、p99。*1 p106. *2 p107. *3 p115. *4 p 99, 115. RAAS阻害薬とは、ACE阻害薬、ARBを指します。 腎機能悪化(糸球体ろ過量の低下)の機序 低心拍出・組織低灌流 うっ血 腎動脈圧の低下 腎静脈圧の上昇 ADHFの病態 心不全治療 利尿薬、ACE阻害薬・ARB 対応 治療薬を継続する 利尿強化 補液・強心薬など 背景・併存症 感染、薬剤(NSAIDs、造影剤)、腎後性、腹腔内圧上昇 各要因への対処
#33. 静注→経口利尿薬への切り替え *1 以前は、腎不全による乏尿の場合「1回500mg、1日1000mgまで」とされていましたが、現在は記載がないようです
*2 Circ J 2012; 76: 833-842 “J-MELODIC study” においては、アゾセミド最大120mgまで投与可能とされていました。
*3 臨床医薬 1997; 13(8): 2055-2096 ではトラセミド8mg>フロセミド40mgの浮腫改善効果となっていますが、臨床研究では上記の換算が多いです。 フロセミド錠(ラシックス錠) アゾセミド錠(ダイアート錠) トラセミド錠(ルプラック錠) フロセミド注(ラシックス注) 20 40 60 8 20 30 4 6 時間 40~80 mg 12 時間 8 時間 60 mg 4~8 mg 腎機能不全等の場合にはさらに大量に用いることもある。 トルバプタン注(サムタス) 8~16 mg 年齢・症状により適宜増減する。*2 年齢、症状により適宜増減する。 20 mg 腎機能不全等の場合にはさらに大量に用いることもある。*1 4 時間 利尿薬 通常用量 作用時間 換算量 電子添文での最大用量 一般に言われる換算量です*3
※位置がちょっとずれているのは私見です トルバプタン錠(サムスカ) 7.5~15 mg 12 時間 8 16
7.5 15 3 時間
心不全治療の最新ガイドライン
#34. 利尿薬にまつわる私見 ループ利尿薬
内服後の頻尿が負担なら、長時間作用型のアゾセミド
アゾセミド60mgでも不十分そうなら、上限なく使えるフロセミド
ループ利尿薬以外
利尿薬開始と同時にスピロノラクトン(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)も開始
食塩制限がちゃんとできないようならサイアザイド系を併用
eGFR <30にサイアザイド系は腎不全悪化しやすいので控えた方が無難
Cl低値・代謝性アルカローシスならアセタゾラミドを併用
Na <135でまだ利尿強化が必要なとき、トルバプタンを(急ぎでなければ)3.75mgから開始
ADHF以外へトルバプタン開始時、電子添文の通りちゃんと採血している施設はどれくらいあるんだろう… このページの多くは私見ですが、一部の根拠は 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p106-107 に記述があります。 ※トルバプタン(サムタス点滴静注、サムスカ錠)を投与する際は電子添文をよくお読みください。
初回投与から4~6時間後、8~12時間後、翌日以降連日、血清Na値などの頻回な確認が必要です。
口渇感にあわせた飲水が難しい患者や、血清Na値などにより、禁忌や半量開始が望ましい場合があります。
#35. 外来での病態評価 退院後の初回外来は14日以内に!
血圧手帳に記録された 血圧、脈拍数、体重 を確認しましょう
家庭血圧は 125/75 mmHg未満か、症候性低血圧はないか
心房細動患者やベータ遮断薬投与患者は、脈拍数にも注意
体重が、うっ血や体液量過剰がない状態でのベース体重を大きく逸脱していないか
うっ血の徴候がないか、症状、身体所見、体重などで確認しましょう
労作時の息切れ、起坐呼吸はないか
血液検査でBNP上昇、電解質(Na, K, Cl, Mg)異常、貧血はないか
薬物の用量が適正かどうか、毎回確認しましょう
利尿薬は減量できないか?
腎機能低下や体重減少により減量が必要な薬はないか?
基本薬(β遮断薬、ARNI)は増量できないか?
多職種と連携して病態に関する情報を補い患者へ関わることも有用です 病態が安定している時も
GDMT最適化のチャンス! 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p114 図36 を参考に一部改変。GDMT, 診療ガイドラインに基づいた標準治療.
#36. EF による分類と心不全治療 ここまではADHFにおける治療と代償化~維持期の利尿薬について説明しました
ここからは主にステージC~Dにおける代償化後の、予後改善目的の心不全治療についてです
心不全治療薬の選択と使用法
#37. 心不全治療(概要) 植込み型除細動器 (ICD)、心臓再同期療法 (CRT)
心房細動に対するカテーテルアブレーション
経皮的僧房弁接合不全修復術 (MitraClip) 心不全教育 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p58 図23、p64 図24 より一部引用し改変。 ステージ A
心不全リスク
危険因子がある
高血圧、動脈硬化性疾患、糖尿病、慢性腎臓病、肥満等 ステージ B
前心不全
構造的/機能的心疾患
心内圧上昇
BNP or トロポニン上昇 ステージ C
症候性心不全
現在または過去に心不全の症候がある ステージ D
治療抵抗性心不全
治療にも関わらず重度の心不全症状 生活習慣・疾病管理(減塩、食事・運動、血圧・血糖・脂質管理) 構造的/機能的心疾患の進展予防(冠動脈血行再建、降圧薬、抗不整脈薬) 緩和ケア 専門治療施設への紹介
補助人工心臓 → 心臓移植 適切かつ十分な薬物治療 (GDMT)
(ACEI・ARB・ARNI、βB、MRA、SGLT2i等) 急性非代償性心不全
(ADHF) ADHFの
初期対応 急性増悪と
代償化 心不全 非薬物治療 利尿 補液・強心薬 EF ≤40% の場合は
ACEI・ARB、βB 糖尿病や慢性腎臓病へ
SGLT2i、MRA 維持量
#38. 心不全治療薬(GDMT)は EF で使い分ける 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p23 表6、p64 図24、p69 表19 より引用改変。「うっ血に対する利尿薬」はEFの概念とは異なるので別項で。*1 ACE阻害薬・ARB投与例でARNIへの切替え. *2 2025年8月時点では適用外.
GDMT,診療ガイドラインに基づいた標準治療. ARNI ACE阻害薬・ARB β遮断薬 MRA SGLT2阻害薬 左室駆出率
(LVEF) 40% 50% HFpEF ヘフペフ
(preserved EF)
EFの保たれた心不全 HFmrEF エムレフ
(mildly-reduced EF)
EFの軽度低下した心不全 HFrEF ヘフレフ
(reduced EF)
EFの低下した心不全 40%以下 41~49% 50%以上 HFrEF HFmrEF HFpEF HFimpEF 推奨 I 推奨 I 推奨 I 推奨 I 推奨 I 推奨 I 推奨 IIa 推奨 IIa 推奨 IIa 推奨 I 推奨 I 推奨 IIb 推奨 IIb 推奨 IIb 推奨 IIb 推奨 IIb 推奨 IIb ※ARB ※HFimpEF (improved EF) は、 EFが10%以上改善し40%を超えた「EFの改善した心不全」 HFrEF治療を継続する 俗にいう、HFrEFに対する
“Fantastic 4” 3 4 2 1 サクビトリルバルサルタン(エンレスト)*1 エナラプリル(レニベース)など ダパグリフロジン(フォシーガ)10mg
エンパグリフロジン(ジャディアンス)10mg カルベジロール(アーチスト)1日2回
ビソプロロール(メインテート)1日1回 フィネレノン(ケレンディア)*2 スピロノラクトン、エプレレノン
#39. HFrEF における基本薬 4 剤の導入方法 ADHFでも、GDMTは可能な限り継続します*1a
血行動態が安定したら早期にGDMT導入・至適用量へ調整します*1b
たとえば、経口 β 遮断薬のADHFへの新規投与は禁忌*1cですが、内服中なら継続します*1d 下表には私見が含まれています。使用時は必ず電子添文をご確認ください。 *1 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン *1a・1b p63, p64 推奨表19, p114-115. *1c p103. *1d p70.
*2 臨床試験で用いられた、エンレスト1回50mgから100mgへの増量時の基準。 *3 2025年8月時点では適用外. *4a p71, イバブラジンの目標安静時心拍数から転用。 *4b フォーカスアップデート版 p22 をもとに記載。
患者教育とセルフケアの重要性
#40. [参考]ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬 (MRA) 各電子添文などをもとに作表
#41. 患者教育・セルフケア 個々の病態に合わせて要点を押さえ的確に指導します
病態悪化の徴候を早期に察知し再入院を防ぎます
#42. 個々の病態や理解度に合わせた患者教育 自らの症状を振り返ってもらい、心不全とのつながりを理解してもらう
「トイレ歩行だけで息が切れてしまうのは、心不全による症状だったんです」
心不全の病態を理解してもらう(体の状態と症状とを結びつける)
「心臓が悪いと血流が滞って、上流にある肺が水びたしになり息苦しくなる」
「体内の余分な水分を尿として出すことで、心臓の負担が減って楽になる」
心不全が悪化する誘因を知ってもらう
医学的因子(心筋虚血、不整脈、貧血、感染など)
生活因子(塩分・水分の摂取過多、怠薬、過活動、精神的ストレスなど)
心不全悪化に気づくためのモニタリングや対処行動を身につける
息切れしている時に「今、肩で息をしていますね、症状に気付いていますか?」
心不全増悪時の対応と注意点
#43. セルフケアモニタリング 血圧 と 脈拍数
朝 起床後 1 時間以内、排尿後、朝食や服薬の前
夜 就寝前
1~2分は座位安静にし、呼吸を整えてから測定する(できれば 2 回測定)
食後、入浴後、運動後は避ける
体重
1 日 1 回、起床して排尿した後
うっ血症状(息切れ、むくみ、疲れやすさ、食欲低下、不眠)
自分で意識して気づけるよう、代償不全前の徴候を思い起こさせる 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p171~172 表53 などをご参照ください。 体重計のイラストは本日3回目の登場です。
#44. 心不全増悪時の早期受診の目安 急性呼吸不全・意識障害を伴う
安静時の心不全症状、耐えがたい苦痛症状の持続
例 夜間の咳、横になると息苦しい、血圧が低くフラフラする
直ちに救急車を要請し、救急病院を受診
電話相談の上で直ちに受診 心不全症状が軽度だが、悪化し改善しない
安静時にも心不全症状が出現するようになった
例 3 日間で 2 kg 以上の体重増加、足のむくみ、 疲れやすい、だるい、食欲がない 電話で受診相談→すぐ受診が必要かどうか判断し指示 心不全症状はあるが軽度で、労作時など一過性で、安静や塩分・水分管理で改善する
例 体重増加が至適範囲内、または一過性、 夕方のみ足がむくむ、息が切れるが安静ですぐ落ち着く 生活調整(安静、塩分・水分管理)
それでも症状増悪する場合は電話で受診相談 すぐ受診が必要! 予約より早めの受診が必要 定期受診まで経過をみてよい状態 心不全療養指導士認定試験ガイドブック 初版 p125 より引用改変。 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p95 図28 もご参照ください。
#45. 運動制限? → 適切な「運動療法」を 「心不全は安静にする」は、血行動態が安定するまでの話です
どの疾患でもそうですが、長期臥床・筋力低下は不利益が大きいです
血行動態が安定したら早めに 離床・リハビリテーション を始めましょう
運動「療法」で、身体機能やADLを維持改善しましょう
持続性の有酸素運動(ウォーキング、自転車エルゴメータ)
レジスタンストレーニング(自重負荷、チューブや軽量のダンベルなど)
「苦しくならない程度の運動」が目安です
楽~ややつらい(Borg 指数 11~13)のレベル
過度な活動は心負荷増大による不利益が大きいので避けましょう
過剰負荷の例:20 kg以上の重い荷物を持ち上げて運ぶ、信号を走って渡る
回復する間もなく持続する負荷の例:息が切れても休息なく階段を上りきる 心不全療養指導士認定試験ガイドブック 初版 p118, p147、2025年改訂版 心不全診療ガイドライン p182
心不全治療のまとめと参考文献
#46. 塩分の目標は 1 日 6 g 未満 まずは、各食品の食塩相当量がどれくらいかを知ってもらいます
濃口しょうゆ 大さじ 1 に 2.6 g( 1 食分近く!)
カップラーメンシーフード 1 杯に 4.8 g(2 食分をオーバー!)
無理なく楽しく減塩する工夫を患者本人と一緒に考えましょう
料理の「味付け」ではなく、素材そのものの味を楽しむよう意識してみましょう
レモン、酢、香辛料、ねぎ、しそ、にんにく、しょうが などを活用しましょう
水分摂取量の目標は、1日1~1.5 L が目安(弱い推奨)*1
特に、高度の心不全、低ナトリウム血症に対して水分制限は有効かも*2
口渇症状やトルバプタン(サムスカ錠)の有無なども考慮しましょう カップヌー◯ルには
食塩 4 g 以上が
含まれています 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン *1 p209 CQ3、*2 p232 表
#47. まとめ ADHFでは、うっ血に利尿薬、低灌流に補液・強心薬
うっ血がとれたら早期に、EF に応じた治療薬(GDMT)
原因の鑑別と対処も忘れない(虚血も弁疾患も専門医へ)
退院後14日以内に外来受診
#48. 参考文献など 主な参考資料(2025年8月閲覧)
日本循環器学会ほか.2025年改訂版 心不全診療ガイドラインhttps://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Kato.pdf
実際の診療にあたっては、ガイドライン、電子添文等をご確認ください
ご意見・改善点をぜひお寄せください(コメント欄など) 本スライドは 2022/12/23 の投稿以来、多くの先生方にご支持いただき、2024年2月に Antaa Slide Award 2023 を受賞しました。ありがとうございました。 更新歴
2022/10/21 時計台記念病院 第4回循環器疾患勉強会
2022/12/23 Antaa投稿 JCS 2017, 2021 を反映
2023/05/01 改訂2.0版 U.D. 2021, ESC 2021, AHA 2022 を反映
2025/08/08 改訂3.0版 JCS 2025 を反映