テキスト全文
#1. Diabetes Management in Elderly
実践! 高齢者の 糖尿病治療
Facts, expert opinions, and take-home messages
三笘 けい
#2. スライドの内容
Presentation Outline
1 高齢者糖尿病とは
・基本的な病態など
・高齢者糖尿病の特徴
2 患者ごとの評価
・評価方法 (認知機能・ADL)
・治療目標
・合併症管理で意識すること
3 血糖コントロールの基準
・ カテゴリー一
・カテゴリー ||
・カテゴリー I||
・実際の診療
4 高齢者の生活指導
・基本的な考え方
・ 食事療法
・ 運動療法
5 Take-home Messages
#3. 高齢者糖尿病とは
基本的な病態など
・65歳以上の糖尿病を高齢者糖尿病という
・その中でも特に、75歳未満でも身体機能・認知機能の障害がある患者、 および75歳
以上の糖尿病患者は特に注意する必要がある
・75歳以上の糖尿病患者では、 老年症候群、 心不全、 脳卒中、重症低血糖のリスクが増加する
・耐糖能、とくに膵β細胞のインスリン分泌能力は加齢とともに低下する
・活動量の低下によって、筋のインスリン抵抗性が増加する
・骨格筋量の低下によって、 サルコペニア肥満を生じやすい
・個々の生活機能やQOLに配慮した治療方針が必要
#4. サルコペニア肥満
・高齢者の主要な肥満形態である
・サルコペニア (全身の筋肉量と筋力の低下) と肥満が、インスリン抵抗性、 炎症、 酸化ストレスなどによって結びついた状態
・インスリンの標的臓器である筋肉が減少することで、インスリン抵抗性を生じている
・ サルコペニアによって肥満になるのか、それとも肥満の人が加齢によりサルコペニアを合併するのかについては見解が統一されていない。
・サルコペニア肥満を定義する診断基準はない。
・代謝異常や機能障害が強く、 心血管リスクが高い
・サルコペニア肥満では認知症の発症リスクも増加する
#5. 高齢者糖尿病とは
高齢者糖尿病の特徴
・食後高血糖を起こしやすい
・食後血糖がHbA1cに寄与しやすい→HbA1cが高くても、 空腹時・夜間に低血糖になっている場合がある
・低血糖への脆弱性がある
・低血糖自体を生じやすい
・低血糖を自覚しにくい
・低血糖症状が典型的でない (ふらふらする、 めまいがする、 だるい等)
・重症低血糖は認知症、転倒・骨折、心血管疾患、細小血管症、死亡の危険因子
・動脈硬化性疾患が多く、無症候性の場合も多い
#6. 患者ごとの評価
評価方法
· 高齢者でも新規に1型糖尿病を発症することがある
・とくに未診断の緩徐進行1型糖尿病 (SPIDDM)に注意
認知機能、ADLの指標としてはDASC-8が簡便で有用
●糖尿病患者では遂行機能が低下していることが多い
自己注射ができるかどうかは遂行機能による
評価には時計描画テストやMini-Cogが簡便で有用(HDS-Rでは駄目)
・抑うつの傾向についてはGDS15などを利用する
●個々の状態によって、HbA1cの目標値に下限値を考慮する
IMPORTANT
○ インスリン注射を行っている患者であれば、自己血糖測定 (SMBG)や持続
血糖モニター(CGM) を参考にするとより安全
#7. SPIDDMの診断基準
1.経過のどこかの時点で膵島関連自己抗体が陽性である[]
2.原則として、 糖尿病の診断時、ケトーシスもしくはケトアシドーシスはなく、
ただちには高血糖是正のためインスリン療法が必要とならない
3.経過とともにインスリン分泌能が緩徐に低下し、糖尿病の診断後3ヶ月を過ぎ
てからインスリン療法が必要になり、 最終観察時点で内因性インスリン欠乏状
態(空腹時血清Cペプチド<0.6ng/ml) である
上記1、2、3を満たす場合、 「緩徐進行1型糖尿病 (definite) 」 と診断する
上記1、2のみを満たす場合は、 インスリン非依存状態の糖尿病であり、 「緩徐進行1型糖尿病 (probable)」 とする
日本糖尿病学会HPより引用 (2023年に改訂)
典型的には抗GAD抗体が著明高値となる。 その他の自己抗体に、 ICA、 IA-2抗体、 ZnT8抗体、 IAAなどがある
1型糖尿病でなくても、 抗GAD抗体が検出されることがあることに注意
#8. 患者ごとの評価
DASC-8
1点
2点
3点
4点
評価項目
A もの忘れが多いと感じますか
1. 感じない
2. 少し感じる
3. 感じる
4. とても感じる
B
1年前と比べて、もの忘れが増え たと感じますか
導入の質問 (評価せず)
練習問題 (計算しない)
1.感じない
2. 少し感じる
3. 感じる
4. とても感じる
1
財布や鍵など、 物を置いた場所が わからなくなることがありますか
1. まったくない
2. ときどきある
3. 頻繁にある
4. いつもそうだ
記憶
近時記憶
2
今日が何月何日かわからないとき がありますか
1. まったくない
2. ときどきある
3. 頻繁にある
4. いつもそうだ
見当識
時間
3 一人で買い物はできますか
1.問題なくできる 2. だいたいできる 3.あまりできない
4. まったくできない
買い物
4
バスや電車、 自家用車などを使っ て一人で外出できますか
1.問題なくできる 2. だいたいできる 3.あまりできない
4. まったくできない
手段的
ADL
交通機関
5
貯金の出し入れや、 家賃や公共料 金の支払いは一人でできますか
・手段的・基本的ADLを評
6 トイレは一人でできますか
1.問題なくできる
1.問題なくできる 2. だいたいできる 3.あまりできない
2.見守りや声がけ
を要する
4. まったくできない
金銭管理
価できる!
3. 一部介助を要する 4. 全介助を要する
排泄
・ 便利で簡単
7 食事は一人でできますか
1.問題なくできる
2.見守りや声がけ
を要する
基本的
診察室に貼って使おう!
3. 一部介助を要する 4. 全介助を要する
食 事
ADL
8
家のなかでの移動は一人でできま すか
1.問題なくできる
2.見守りや声がけ
を要する
3. 一部介助を要する 4. 全介助を要する
移 動
日本老年医学会のHPからダウンロードしてお使いください (使用マニュアルもあります)
#9. 患者ごとの評価
時計描画テスト
1.患者から見える位置に時計が無いことを確認する
2.紙を1枚用意する
3. 「この紙に、紙の大きさに見合った大きさの時計の絵を描いて下さい。文字盤の数字も全部
書き11時10分の時刻を指すように描いて下さい。」と告げる
全体像 1. 外周円が整っている
数字 3.1~12のみを書く
2. 円の大きさが適切である 4. 算用数字をもちいる
5. 順序が正しい
6.用紙を回転せずに書く 7. 位置が正しい
8. 円のなかにある
針 9. 2本の針を有する
10. 適切に時を指す
11. 適切に分を指す
12. 分針の方が長い
13. 余計な印がない
14. 2本の針が結合する
中心点 15. 中心が設定されている
適切であれば1点, 比較的描かれていれば 0.5点, 不適切であれば0点で、 15点満点 (Freedman法)
#10. 患者ごとの評価
GDS 15
質問
毎日の生活に満足していますか
毎日の活動力や周囲に対する興味が低下したと思いますか 生活が空虚だと思いますか
毎日が退屈だと思うことが多いですか
たいていは機嫌よく過ごすことが多いですか
将来の漠然とした不安に駆られることが多いですか
多くの場合は自分が幸福だと思いますか 自分が無力だなと思うことが多いですか
外出したり何か新しいことをするよりも家にいたいと思いますか
何よりもまず、 物忘れが気になりますか
今生きていることが素晴らしいと思いますか
生きていても仕方がないと思う気持ちになることがありますか はい いいえ 自分が活気にあふれていると思いますか
希望がないと思うことがありますか
まわりの人があなたより幸せそうにみえますか
●0~4点: 正常範囲
・5点以上:うつの疑い
・10点以上:ほぼうつ
(笹原洋勇、加田博秀、柳川裕紀子による)
#11. 患者ごとの評価
DASC-8を用いて3つの カテゴリーに分類する
基本的な考え方は
・夜間などに生じる気づきにくい低血糖(隠れ低血糖) も含めて、 低血糖を極力避けること
・そのために許容できる細小血管合併症は許容すること
糖尿病学会HP 「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標について」から引用
低血糖を避ける意義については、拙稿「低血糖について知っておきたい全てのこと」のスライドを
ご覧いただければ幸いです
#12. 患者ごとの評価
合併症管理で意識すること
• 病歴が長い患者が多いため、その分大血管障害の既往・リスクが高い
・糖尿病網膜症は、進行した段階でも自覚症状を欠くことが多いので眼科受診を疎かにしない
・ 筋肉量が少ない高齢者ではCreが低値となり、eGFRが実際の腎機能よりも高く評価されてしまうことがある。 このため血清シスタチンC値からeGFRを算出するのが望ましい場合がある
・ 糖尿病性腎症については、 血糖のみでなく血圧・脂質・運動療法など包括的に治療する
・顕性タンパク尿を伴わずに腎機能が低下する非典型的な糖尿病性腎症があり、 この病態では死亡率が高いことが知られている。 この病態を含めた糖尿病性腎症を糖尿病性腎臓病(DKD:Diabetic Kidney Disease)と呼ぶ
・DKDは動脈硬化と関連していることが分かっており、 高齢者で有病率が高いことが示唆されているため eGFRの低下に注意する 1回/1か月
#13. 患者ごとの評価
合併症管理で意識すること
細小血管合併症は 「高血糖が、 どのくらいの期間存在するか」 に依存する
○ 言い換えると、 細小血管合併症が進行するためには年単位の時間がかかる
細小血管合併症は、天寿を全うするまで進行しない場合がある
・大血管合併症は 「血糖がどのくらい変動したか (低血糖と食後高血糖)」に依存する
大血管合併症は数か月程度の比較的短い時間でも進行する
心血管イベントは、 天寿を全うするまでに発症してしまう場合がある
xx
これまで血糖コントロール不良だった患者さんの治療を強化したとたん、
2か月後に脳梗塞発症とかいう事があったりします
#14. 血糖コントロールの基準
• カテゴリー1は「何の問題もない人」 (DASC-8で10点以下)
「重症低血糖が危惧される薬剤」 を使用していない場合は、 非高齢
者と同じでHbA1c7.0%未満が目標
● 使用していない場合は下限値なし
● 使用している場合は、 6.5%~7.5%を目標にする
• さらに、75歳以上は要注意なので(スライド3参照)、 1ランク上
げてHbA1c 7.0~8.0%を目標にする
ちなみに合併症を予防するための目標HbA1cである「7%」は、おお むね平均血糖150mg/dLに相当します。 7%という数字は主にDCCT 研究を本流とし、 その後の各種大規模臨床試験でも妥当であること
が確認されている、わりとエビデンスのある値です。
決してキリがいいから7%にしましょう! というわけではありません
#15. 血糖コントロールの基準
カテゴリー IIは「ちょっと怪しいかな?」 という人 (DASC-8で11
~16点)
・トイレ・食事・室内歩行はできるけど、 買い物 バス移動・お金
の出し入れは難しいね、というイメージ
「重症低血糖が危惧される薬剤」 を使用していない場合は、 これ
も非高齢者と同じHbA1c7.0%未満が目標
使用している場合は、 7.0%~8.0%が目標
・65歳以上かつカテゴリー II の時点で、 もうすでに要注意なので、
75歳での区別は無し
#16. 血糖コントロールの基準
● カテゴリー IIIは「一人では生活できない」という人 (DASC-8で17
点以上)
・トイレ・食事 室内歩行まで難しくなるとカテゴリー III
・糖尿病以外の併存疾患によって予後が規定されることが明らかな
場合もカテゴリー III
・治療の目標は 1 高血糖緊急症をおこさないこと 2易感染性を防ぐ
こと3高血糖による症状を緩和すること
• 「重症低血糖が危惧される薬剤」 を使用していない場合でも目標
は8%未満
使っている場合はもう少し緩めて 7.5~8.5%
#17. 血糖コントロールの基準
実際の診療
1.患者さん、または家族や介護者と一緒にDASC-8を行う
2.DASC-8の結果からカテゴリーを分類する
3.重症低血糖を生じうる薬剤を使用しているかを確認する
4.(例えば)カテゴリー IIで、 強化インスリン療法中の場合
a. 「HbA1cは8%未満を目指すが、 7%を切るようなら低血糖があると思わないといけ
ないな」と考える。
b. ただしCGMなども参考にして、 絶対に低血糖を起こしておらずHbA1c 7%未満が本
人の利益になると確信があれば、7%を切る治療をしてもよい (個別に対応する)
私見ですが、混合型インスリン2回打ちでHbA1c7.5%を切っているような場合、 そもそも インスリンが不要であるか、そうでなければ高確率で隠れ低血糖があると思います
#18. 高齢者の生活指導
基本的な考え方
・身体的機能、精神・心理機能、 社会・経済機能、 趣味・嗜好、 人生観や価値観が、 多様性に富ん
でいることを理解する
・ フレイル、 サルコペニアを予防する
・本人の価値観や生き方を損なわないように配慮すること (当然のことでありますが...)
○ 長年インスリン治療を自分でやってきたことを誇りにしているような方もいます。 もうちょ
っと血糖コントロールを緩めたいな、インスリンの量や回数を減らした方がいいな、と思っ
ても反発されたりショックを受けられたりする事もあります。 このような場合は 「ガイドラ
インがそうなっているから」と無理に急な治療変更を行うのではなく、患者さんとのラポー
ルを築き、 共通の理解をもった状態にしてから、治療方針を検討しましょう
●血糖コントロールだけでなく、包括的な健康管理に重点をおく
「糖尿病治療が完全にオマケになっていて、 普通のお年寄り外来になることも多々ありますね
#19. 高齢者の生活指導
食事療法
・高齢者でも食事療法は有効 (適切なカロリーとバランス)
・緑黄色野菜を多く摂るように (少なくとも70g/日以上)
・ 末期腎不全に至る見込みが非常に高い高齢者以外ではたん
ぱく摂取を制限しない
○ たんぱく質制限時には、蛋白異化抑制のためにかなり
のカロリーを必要とする。 このため、カロリー摂取が
不十分な状態でたんぱく質制限を行っても意味がない
ばかりか、かえって悪影響を与える可能性がある
・BMIが体脂肪量を正確に反映しないことも多いので注意
・栄養状態の評価にはMUST
(Malnutrition Universal Screening Tool) が簡便で有用
>20・・・ 0点
#20. 高齢者の生活指導
食事療法
・その他、GLIM基準やMNA® (Mini-Nutrition Assessment)、MNA-SF® などの指標がある
MNA-SFは6項目で比較的使いやすい (質問項目は以下)
○ 過去3か月間で食欲不振、 消化器系の問題、 そしゃく・嚥下困難などで食事量が減少しましたか?
○ 過去3か月で体重の減少がありましたか?
○ 自力で歩けますか?
○ 過去3か月間で精神的ストレスや急性疾患を経験しましたか?
○ 神経・精神的問題の有無
○ BMIまたはふくらはぎ周囲長
●いずれのスコアリングでも半年以内で5%の体重減少が重要とされている
自分で使いやすいなと思った指標を使うのがいいと思います
#21. 高齢者の生活指導
運動療法
・高齢者でも運動療法は有効
・生命予後の改善のみでなく、 筋力増強やバランス能力の改善を目指す
・レジスタンス運動では筋力と筋肉の質が改善し、 有酸素運動ではBMIが低下し脂肪量を減る
・運動療法によりバランス能力が改善することで、 転倒予防が期待できる。 レジスタンス運動やバラン
ス運動、 およびそれらを組み合わせたマルチコンポーネント運動が有効
・観察研究では、 身体活動を含む運動量が増えると死亡率が低下することが示されている
・有酸素運動、 レジスタンス運動によって認知機能が改善する
・運動療法によってうつや QOLの改善効果が報告されている
・運動療法によってフレイルから脱却することは非常に難しいので、予防が大切
・転倒や低血糖に注意。 運動前に血糖値90mg/dL未満なら補食をしましょう
#22. Take-home Messages
高齢者の糖尿病では症状が出現しにくい
治療のコツは、 低血糖を起こさないことと、
フレイルを予防すること
高齢糖尿病患者さんの食事療法では、制限を
しすぎないことが大切