#4.
高齢発症のpsychosisについて ● 高齢になってから初めて現れる精神病症状を指す。多く の場合、幻覚や妄想といった陽性症状が中心となるが、 若年期発症の統合失調症とは異なる特徴を持つことが 多い。 ● 高齢発症例では若年発症例と比べると身体疾患合併率 や認知症有病率が高い ため、これらによる二次性 psychosisの鑑別・除外の重要性 が高まる。 ● 鑑別・除外すべき原因;頭蓋内疾患 、内分泌・代謝性疾 患、せん妄、気分障害、精神作用物質の影響、 認知 症、神経変性疾患 など。 鐘本英輝、池田学:高齢発症のpsychosis(精神科治療学2024)
#5.
認知症・MCIによるpsychosis(1) ● 定義:幻視または幻聴、妄想のうち少なくとも1つを認め、認知 症/MCIの発症以前にはみられなかった、統合失調症やせん妄 などのその他の psychosis の原因を除外した状態 (International Psychogeriatric Associa-tion(IPA):2020年) ● 初期からpsychosisを呈しやすく有病率の高い認知症 *アルツハイマー病(Alzheimer'sdisease:AD) *レビー小体型認知症(dementiawithLewybodies:DLB) *行動異常型前頭側頭型認知症 (behavioral variant frontotemporal dementia:bvFTD) 鐘本英輝、池田学:高齢発症のpsychosis(精神科治療学2024)
#6.
認知症・MCIによるpsychosis(2) ● アルツハイマー病(Alzheimer'sdisease:AD) →初期から強い近時記憶障害を特徴とし、記憶障害と関連すると 考えられるもの盗られ妄想 が多いのが特徴。見捨てられ妄想や迫 害妄想、嫉妬妄想も一定数に見られる。 ● レビー小体型認知症(dementiawithLewybodies:DLB) →中核的特徴としての幻視のほか、幻視以外の幻覚や誤認妄想 を中心とした妄想も多く、支持的特徴に挙げられている。幻視だけ でなく幻聴や妄想もADより有症率が高い。 →認知機能障害に先行して このような精神症状が見られるこ とも あるため、DLBをその前駆状態によって分類することが提唱され、 その一亜型であるpsychiatric-onsetDLB としてうつ病とともに psychosisが挙げられている。 鐘本英輝、池田学:高齢発症のpsychosis(精神科治療学2024)
#7.
認知症・MCIによるpsychosis(3) ● 行動異常型前頭側頭型認知症( behavioral variant frontotemporal dementia: bvFTD) →発症年齢は比較的若く、多くは40〜60歳代で発症。発症初期に は記憶障害はあまり目立たず、人格変化や行動異常が顕著にみら れる。以前はピック病と呼ばれていた。 ≪bvFTDの主な症状≫ ➢ 人格・行動の変化 : 社会性の欠如、礼節やマナーの欠如、衝動 的で無分別な行動など。 ➢ 脱抑制行動 : 社会的に不適切な行動、万引きなどの反社会的 行動。 ➢ 常同行動 : 同じ行動や言葉を繰り返す。 ➢ 共感や感情移入の欠如 : 他者の感情に対する反応が乏しくな る。 ➢ 食行動の変化 : 食事の嗜好が変わったり、過食が見られたりす る。
#8.
認知症・MCIによるpsychosis(4) ● 行動異常型前頭側頭型認知症( behavioral variant frontotemporal dementia: bvFTD) →PsychosisはbvFTD患者の10-32%にみられる一方、社会的・感 情的引きこもり、感情の鈍麻、形式的思考障害などの陰性症状は より頻繁にみられる。 →ⅰ)bvFTDの初期症状が精神症状や行動異常を主体とし、記憶 障害があまり目立たないこと・ⅱ)比較的若年で発症することから、 bvFTDは初期段階では認知症よりも精神疾患と診断されやすい。
#9.
最遅発性統合失調症様精神病(very-late-onset schizophrenia-like psychosis: VLOSLP)(1) ● VLOSLP(最遅発性統合失調症様精神病)は、60歳以降に 幻覚妄想などの精神病症状が出現する状態で、二次的な要 因による精神病が除外され、気分障害や脳の構造的異常で は説明できないものを指す 。 ● VLOSLPは、若年発症例同様、第三者による実況中継や非 難的・虐待的な幻聴、被害妄想を呈することが多い。一方 で、若年発症例に比して、幻視や体感幻覚、幻臭など幻聴 以外の幻覚症状が多く見られる。 ● 妄想内容として、人や物質、電波などが壁や天井など本来 通過してこないはずの場所を通過し、侵入してくるという確信 を伴うpartition delusionsが典型的である。 鐘本英輝、池田学:高齢発症のpsychosis(精神科治療学2024)
#10.
最遅発性統合失調症様精神病(very-late-onset schizophrenia-like psychosis: VLOSLP)(2) ● VLOSLPは、若年発症例に比して、陰性症状が少なく、生活 機能が保たれていることが多い。 ● VLOSLPは圧倒的に女性に多く、発症リスクとして、感覚障 害(特に聴覚障害)や社会的孤立が挙げられている。社会的 孤立により、医療機関への受診に繋がりにくいことも特徴で ある。 ● 高齢化社会が進む本邦では、認知症の初期評価と支援を行 う「認知症初期集中支援チーム」がVLOSLPへの対応にあた るケースも多い。 鐘本英輝、池田学:高齢発症のpsychosis(精神科治療学2024)
#11.
VLOSLP と神経変性疾患との関係(1) ● VLOSLP患者は、横断的な症候による診断として認知症の合 併を否定しているが、縦断的な追跡を行うと一般高齢者より 認知症発症率が高い ことが報告されている。 (Bmdatyj et al.2003) ● VLOSLP患者において、DLBの指標的バイオマーカーの陽性 率が高く 、陽性群では陰性群より幻視の有症率が高く、後頭葉 を中心とした血流低下が見られる。 (Kanemoto et al.2003) VLOSLPの中には前認知症段階の神経変性疾患を有する患者 が一般高齢者より も多く存在 し、彼らの臨床像は各神経変性疾 患の 典型像の特徴を軽微に有していることが示唆される。
#12.
VLOSLP と神経変性疾患との関係(2) ● VLOSLPの背景として神経変性疾患の可能性を検討する 場合、詳細な病歴聴取、精神症状・認知機能の評価、画 像検査を行い、適切にバイオマーカーを利用することが必 要である。 →縦断的なフォローを行い、診断変更(VLOSLP→神経変 性疾患)になる可能性を常に考えておく必要がある。 ● VLOSLPの背景にDLBの存在が疑われる場合、抗精神病 薬への過敏性が見られる可能性があるため、薬物治療は より慎重に行う必要がある。
#13.
今回の症例 • 最遅発性統合失調症様精神病(very-late-onset schizophrenia-like psychosis: VLOSLP) は高齢発症の psychosis の一つであり、青年期発症の統合失調症とは異な る病態が想定されており、神経変性疾患 などの器質因が後 に明確になることもある。 • ミルタザピン は統合失調症患者の陰性症状・認知機能 を改 善する可能性が示唆されており、パーキンソン病などの神経 変性疾患 にみられる幻覚・妄想 に対する有効例も報告され ている。 • 今回、抗精神病薬不応性の精神病症状に対し、ミルタザピン 単剤療法 が奏功したVLOSLP と考えられる1例を経験したの で文献的考察を交え報告する。
#14.
症例 (68歳男性) 【主訴】複数の人間から“殺す”と言われながら追跡されている 【既往歴】特記事項なし 【家族歴】特記事項なし 【現病歴】 X‐3 年:自宅の階上に住む住人から嫌がらせを受けると述べるよう になり引越しを繰り返すようになる。 X‐1 年:対話性幻聴、追跡妄想、考想伝播、被注察感が悪化。 X年12月:“不動産屋から命を狙われている”と述べながらA警察署に 駆け込み、同日当院初診。幻覚妄想状態にあり即日医療保護入院。
#15.
#16.
入院後経過 リスペリドン(4㎎)➡オランザピン(20mg)➡ブロナンセリン(24㎎)➡ ブレクスピプラゾール(2㎎)➡アセナピン(20mg)➡ハロペリドール (4㎎)➡パリペリドン(12㎎)の順で治療を行ったが、疎通性は治療 初期から改善が見られたものの、その他の症状は著変なく経過 (クロザピン導入には本人同意が得られなかった)。 特にリスペリドン・ロナンセリン(24㎎)使用時に錐体外路症状が目 立ち、ビペリデン不応性であった。また言語流暢性↓、自発性低 下も徐々に目立つようになり、ほぼ自室に引きこもる状態であっ た。
#17.
入院後経過 入院して約1年が経過した後、パリペリドンを漸減しミルタザピン 15㎎より開始(45㎎まで漸増とした)。ミルタザピン開始後3週目に は残存していた精神病症状は消失し、自発性低下も大幅に改 善。寛解状態が現在1年半以上持続している。 *認知機能検査 X+1年1月(入院1カ月後) MMSE(23/30) FAB(14/18) X+2年5月(寛解後) MMSE(23/30) FAB(9/18)
#18.
考察1:診断をどう考えるか ? ● 老年期発症の精神病症状の約60%は二次性である。 (Webster et al.1998) ● 神経変性疾患(FTDやDLB)では初期症状としてpsychosisが 前景となることがある。 (Bang.et al.2015 , Cummings et al.2018 ) ● 精神症状は著明に改善したものの認知機能障害 (特に前頭 葉機能)が比較的短期間に進行した。 ● ミルタザピンが著効(非典型的な薬剤反応性)。 何らかの神経変性疾患である可能性があるが、現時点では特定の 器質性疾患の診断基準は満たさず、暫定的に最遅発性統合失調 様精神病と診断(*診断確定には詳細な臨床症状評価と画像評価 を併用した長期的フォローが必要) 18
#19.
考察2:なぜミルタザピンが奏功したのか ? 1.ミルタザピン追加投与 は統合失調症患者の陰性症状・認知機 能を改善する可能性 が示唆されている(複数のセロトニン受容体 を介した作用機序が想定されている)。 ● 5HT2A ,5HT2C receptor blockade → activity of the prefrontal cortex↑(Liegeois et al., 2002) ● 5HT3 receptor modulation→ acetylcholine↑ (Akhondzadeh et al.,2009) ● Indirect agonism of 5HT1A receptors (Sumiyoshi et al., 2007) 認知機能の改善を通してpsychosisが改善した可能性
#20.
考察2:なぜミルタザピンが奏功したのか ? 2.何らかの神経変性疾患の前駆期 であった可能性!? ● パーキンソン病 やその他の認知症性疾患 に伴う幻覚・妄想 に 対するミルタザピン の奏功例が複数あり(複数のセロトニン受容 体を介した作用機序が想定されている) (Meco and Bernardi, 2007; Seitz et al., 2011) ● Pimavanserin (selective 5-HT2A inverse agonist/antagonist ):神経変性疾患にみられるpsychosisに有 効。米国ではParkinson’s disease psychosisに対する適応取 得。ミルタザピンと一部共通した薬理機序を有する。 何らかの神経変性疾患の初期段階にあり、ミルタザピンが奏 功しやすい病態(セロトニン神経系の異常)にあった⁉
#21.
ミルタザピン:NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特 異的セロトニン作動性抗うつ薬) ● アドレナリンα2受容体拮抗作用→ノルアドレナリンとセロトニンの神 経伝達を促進。 ● 5-HT2および5-HT3受容体に対する拮抗作用。 ● ヒスタミンH1受容体に対する強い阻害作用。 Pimavanserin ● 5-HT2A受容体逆作動薬/拮抗薬。他の受容体にはほとんど親和性を 示さず、選択的に5-HT2A受容体に作用する。 ● 適応症:パーキンソン病に伴う幻覚・妄想症状の治療薬として、2016年 に米国FDAで承認。 ● 認知症関連精神症状の新たな治療選択肢として期待されている。既存 の抗精神病薬と異なり、ドーパミン受容体を遮断しないため、パーキン ソン病患者にも使用可能な点が特徴的である。
#22.
結 語 1.抗精神病薬不応性の精神病症状に対しミルタザピン単剤治 療が奏功した最遅発性統合失調症様精神病と考えられる1例 を経験した。 2.本症例では、前頭葉・側頭葉の軽度萎縮に加え、進行性の 前頭葉機能障害を併発しており、神経変性疾患の初期症状と して精神病症状が顕在化していた可能性がある。 3.ミルタザピンは、パーキンソン病やその他の認知症性疾患に 伴うpsychosisへの奏功例が報告されており、いくつかのセロ トニン受容体(5HT2A ,5HT2C, 5HT3)を介した作用機序が想 定されている。ミルタザピンは、器質的要因が示唆される高齢 発症の精神病症状に対する有効な治療選択肢となるかもしれ ない。