テキスト全文
転倒予防に関する国際ガイドラインの概要 #1.
転倒予防について 国際ガイドラインのまとめと
QI事例紹介 #2.
この資料について 作成経緯:
当院(精神病床のみ300床)の認知症病棟で転倒が多発
改めて転倒予防について勉強し、院内スタッフ(主にNS)
へ向けてのレクチャーを作成した。
この資料のターゲット:
入院患者の転倒予防に興味がある初学者(研修医・専攻医)
転倒予防について多職種向けの資料作成の参考に #3. 転倒予防のガイドライン 国際的な高齢者の転倒に関するガイドライン
World guidelines for falls prevention and
management for older adults: a global initiative
Montero-Odasso M, et al., Age Ageing. 2023 Oct 2;52(10) 入院患者の転倒に関するガイドラインの最新のまとめ
Hospital falls clinical practice guidelines: a global analysis and systematic review
McKercher JP, et al., Age Ageing. 2024 Jul 2;53(7) 日本発のものはない
転倒予防学会の資料や書籍など
https://www.tentouyobou.jp/aboutus/kyoikushizai.html 入院患者の転倒予防の基本的アプローチ #4.
入院患者の転倒予防の骨子 スクリーニング?
包括的アセスメント
包括的介入 McKercher JP, et al., Age Ageing. 2024 Jul 2;53(7) #5.
スクリーニング? FRAT scoring などが推奨されていたが、
あまり感度特異度が高くないことが判明し そもそも入院患者はリスク高いんだから
スクリーニングとか時間のムダ! と最近は言われているよう。。。 McKercher JP, et al., Age Ageing. 2024 Jul 2;53(7) #6.
包括的アセスメント包括的介入 入院時や状態が変化した際に転倒リスクを
総合的に再評価することが推奨されている ただ、ものすごく時間がかかる。 各国のガイドラインは「全例やるんだ!」
とか、「高リスクだけやろう」とか記載されており
統一見解はない。 Montero-Odasso M, et al., Age Ageing. 2023 Oct 2;52(10) 転倒リスク評価のための各種ツールと方法 #9.
それぞれざっと各論 歩容と平衡感覚
ポリファーマシー
認知症
転倒への不安
循環器病
感覚器 せん妄
排尿・痛み
抑うつ
環境調整
栄養
骨粗しょう症 #10.
歩容、平衡覚 代表的評価ツール:POMA Tinetti ME, et al., JAGS 1986; 34: 119-126. 平衡感覚 起床・離床自立性、座りの安定性、座位保持
立ち上がりの安定性、立位保持(つかまる、足を広げる) 歩容 反応速度(歩いて、と言われてすぐ歩けるか)
足が床から離れるか、反対側の足を超えるか
足の動きは左右対称か、なめらかか
体幹は動揺しているか、かかとは離れるか 筋力・平衡覚トレーニング、装具・歩行具の使用、環境調整 認知症患者における転倒リスクとその対策 #11.
ポリファーマシー 代表的評価ツール:Stop FALL Seppala LJ, et al., Age Ageing. 2021 Jun 28;50(4):1189-1199. 第一に不要な薬剤を中止
⇒処方理由不明薬はなきよう
第二に転倒の原因となる薬剤を可能な限り減量・中止
⇒ベンゾジアゼピン、抗精神病薬、オピオイド、
抗ヒスタミン薬、抗うつ薬、抗痙攣薬
利尿薬、α遮断薬(降圧、前立腺肥大)
血管拡張薬(降圧)、過活動性膀胱治療薬 なかなか現実的には難しいですが。。。 #12.
認知症と転倒 海外のデータ 米国地域在住の60歳以上の高齢者の1年間の転倒率30%
認知症ありだと5倍 Ganz DA et al., NEJM 2020 70歳以上の高齢者を収容する英国の精神科病院
転倒率は1000 bed-daysで9.5回(1年で1人3.5回) Oyeneyin et al., BMJ 2024 スコットランドの58床の認知症高齢者の病棟で
転倒は月18.6件、骨折相当の転倒は5.6件 McNamara CS, et al., Nurs Older People. 2023 Jan 30;35(1):18-23. #13.
認知症と転倒 日本のデータ 日本の外来軽-中等症アルツハイマー患者の
1年間の転倒率42%、6.8%で骨折あり Horikawa E, et al., Internal Medicine Vol. 44, No. 7 (July 2005) 日本の浅香山病院20:1認知症病棟での転倒率は
1.24-3.24/1000 bed-days Higami Y, et al., Perspect Psychiatr Care. 2013 Oct;49(4):255-61 日本のデータはちゃんとしたものがあまりない ちなみに当院認知症病棟2024.4-2024.9の半年間の統計では
10.2/1000 bed-days, 骨折は0.12 /1000 bed-days #14.
転倒への不安 代表的評価ツール:FES 不安が高い人への教育介入は転倒予防効果がある Yardley L, et al., Age Ageing, 2005, 34(6): 614-619. 循環器系リスクと転倒の関連性の評価 #15.
循環器系リスクの評価 心疾患の病歴聴取、聴診、起立性低血圧の評価、12誘導心電図
⇒何も異常なく、失神らしい転倒既往がなければ
失神による転倒リスクは低いだろう 安静臥床5分⇒立位直後⇒1,2,3,5分の血圧測定
➡収縮期20以上の低下や自覚症状があれば陽性
(厳密には不十分ではあるが。。。) *起立性低血圧の評価 起立性低血圧⇒薬剤の最適化、弾性ストッキング、体液量調整
心原性失神⇒不整脈への対応 #16.
めまいの評価 めまいの症状の有無を必ず聞いて、ある場合は必要に応じて
耳鼻科・神経・循環器系の評価を行うべき
(ただ現実的に高齢者では原因がはっきりしないことも多い)
⇒起こる条件がはっきりしていれば、その条件に気を付ける 視力・聴力の評価 どちらも独立した転倒リスク。半側空間無視など特殊な視力
障害がないか、介入できる視力・聴力低下がないか評価すべき
⇒聞こえていない・見えていないのに生返事をしている可能性
に気づくこと、必要時装具の検討や専門医療機関への紹介 #17.
せん妄 せん妄は評価するというより、
あるものとして基本的なケアに対応が盛り込まれるべき 一般的な対応:
認知活性化、昼夜の区別をつける、早期離床
視覚・聴覚への配慮、体液量の適正化
便秘対応、食事摂取への配慮、不眠対応
家族教育 #18.
排尿と痛み どちらも大きくはないが転倒リスクを上げる因子
⇒排尿トラブルと痛みを評価し、薬剤・ケア・環境の
最適化をする必要がある。 抑うつ 抑うつは転倒リスクを4割弱上げる因子
一方で抗うつ剤は転倒リスク薬剤である
⇒身体的精神的な能力低下を起こす転倒リスクである
ことを理解しておく 脆弱性骨折と骨粗しょう症の関係性 #19.
環境調整 ベッド柵、ベッドの高さ・配置、
手すりや床などの移動の動線、
装具や歩行具の適正使用とメンテナンス 生活環境中の様々なハザードを
本人の認知・身体能力に合わせて評価するべき #20.
栄養 ビタミンD摂取低下、25(OH)ビタミンDの低値(20以下)で
ビタミンDの摂取増加や薬剤投与が検討される。
(ただしVD投与で転倒や骨折が予防できるエビデンスはない)
MNAなどの低栄養のスクリーニングを行い、低栄養at riskの
状態から介入してサルコペニアを防ぐべき
*MNA 17-23.5 ptでその後のAlbや筋肉量低下、骨折のリスク #22.
脆弱性骨折と骨粗しょう症 脆弱性骨折あり=原発性骨粗しょう症=薬物治療適応 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版 転倒予防における推奨されていない介入 #23.
骨粗しょう症の治療 ビスホスホネート製剤(内服、点滴)
重度の腎不全では使えない
内服は消化管の問題がある人には使えない
効果は骨折を半減させる
ビタミンD製剤、カルシウム製剤
ビスホスホネート製剤内服中に併せて内服する
単独での骨折予防効果はない
その他の薬
デノスマブ、テリパラチドなど
点滴や自己注射、適応条件あり、価格が高い #24.
推奨されていないもの①ベッドアラーム 2010年代に急性期病棟での数千、数万単位での
ランダム化比較試験が行われ、いずれも
離床アラームの使用は転倒防止効果が認められなかった。
理由としては
鳴りすぎてスタッフが疲弊する
結局なってから行っても遅い
結局全員ハイリスクに近いので数が足りない
などの考察がされている Shorr RI, et al., Ann Intern Med. 2012 Nov 20;157(10):692-9.
Sahota O, et al., Age Ageing. 2014 Mar;43(2):247-53. #25.
推奨されていないもの②身体拘束 1990年代まで身体拘束は転倒予防になると考えられてきた。
一方で、身体拘束自体が患者の生来的な
転倒を避ける認知・身体機能を抑制し、転倒を誘発している、
という理論で批判を受けるようになった。
身体拘束を緩和する指導を受けた施設とそうでない施設で、
身体拘束を外した患者の方が転倒率が低かったし、
身体拘束をしている割合が低くなった施設程転倒率が低下した
などの報告から、身体拘束は転倒予防として推奨されていない Capezuti E, et al., J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 1998 Jan;53(1):M47-52. #26.
推奨されていないもの②身体拘束 身体拘束の研究は直接介入研究が倫理的に難しいので、
サバイバルバイアス(転倒リスクが低いから拘束を外せる)
を回避できない。ただ、現実的に今後それを補正できる研究
が生まれることは難しいので、現時点でのエビデンスで
考える必要がある。
*1998年の報告ではバンド固定と車いすベルト、
車いすをオーバーテーブルで固定することを拘束と定義 現時点では転倒予防のみを目的とした身体拘束が
転倒を予防するエビデンスは乏しく推奨されない、となっている 転倒予防ガイドラインのまとめとQI事例 #27.
転倒予防ガイドライン まとめ 転倒予防には包括的なアセスメントと介入が重要
ただ範囲が広く、実際の効果的介入も難しい部分も多い
アラームと拘束は意外と効果がないかもしれない #28.
QI事例紹介① 2023年に発表されたスコットランドの質改善プロジェクト
高齢認知症病棟の転倒率を20%減少させた McNamara CS and Toner A, Murray L. Nurs Older People. 2023 Jan 30;35(1):18-23. #29.
セッティング 2021.4-2021.9
認知症メインの高齢者精神病棟
58床 1回3時間22回の転倒予防レクチャー(ビデオ会議形式)
74%のスタッフが1回以上聴講
さらに、55%のスタッフが追加で1-2時間の個別レクチャー
を受けた #30.
レクチャーの内容 高齢精神科病棟での転倒事故に関するリスク
転倒がもたらす悪影響
内的(起立性低血圧、失神)、外的(濡れた床)リスク因子
包括的リスク評価と介入
患者中心の転倒予防ケアの重要性
転倒後の振り返りの方法
など 質改善プロジェクトの事例紹介と結果 #31.
結果 元々10-15 falls/ 1000bed-days (当院と同じくらい)
⇒20%くらい減った #32.
事例紹介② 2024年に発表された英国の質改善プロジェクト
高齢者精神科病棟(非認知症)の転倒件数を50%減 Oyeneyin B et al., BMJ Open Qual. 2024 Dec 27;13(4) . 2024 Dec 27;13(4) . 2024 Dec 27;13(4) #33.
セッティング 2022.5-2023.4
高齢者精神急性期病棟 20床 実施前に2人のスタッフが2021年の転倒事故を再評価した
高齢者、フレイル、4剤以上内服の患者が多く、
ほとんどの事故は目撃されず寝室やトイレで起こっていた。
また、聞き取り調査で転倒歴の聴取不足や
ナースコールや歩行器の配備不全が多かった。
この調査をもとに、スタッフ全体でワークショップを開催
プロジェクトのアイディアを出し合った 精神科病棟における転倒予防の重要性 #35.
実施したアイディアのサマリ 20%減を目標! リスク評価を改善 ハイリスク患者の
層別化 転倒後の
ふりかえり
の質向上 24時間以内の多職種での
再発防止策アップデート
毎週転倒事例全例を
多職種カンファレンス ハイリスク者用
リストバンドの作成
薬剤変更後48時間の
見守り強化申し送り
ハイリスク者への
対応をまとめたマニュアル 包括的アセスメントの実施
PTからの運動指導
運動機能別の部屋割 #36.
結果 元々10-15 falls/ 1000bed-days (当院と同じくらい)
⇒50%くらい減った #37.
医中誌から:国内のQI活動 KYTの実施
病棟内の安全ラウンドの実施
独自の転倒アセスメントツール
誰が誰を見守っているかの連携強化
フットケアの強化 #38.
QI事例紹介 まとめ 包括的アセスメントの実施とそのための教育
他職種カンファレンスで速やかに事故を振り返る あたりが重要そう 精神科病棟で転倒件数を減らすことは不可能ではない