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摂食障害の基本と科の連携
#1. どの科でどこまでみる? 摂食障害(神経性やせ症)の基本 Dr.fax@精神科専門医
#2. 摂食障害は多くの科で出会う可能性がある疾患 産婦人科 内科 救急科 小児科 心療内科 精神科
#3. このスライドの目標 摂食障害は 対応できません ここまではうちで見ましょう そこからはお願いします 摂食障害の基本をおさえ、他科と協力して自分の科で見るか、 転科するか判断できるようになろう
摂食障害の概念と分類
#4. 摂食障害とは:概念 • 食べることに何らかの異常があり、日常生活に支障がある状態 • 精神疾患であり、背景には心理社会的要因があることが多い →身体の治療だけでは不十分なことも • しかし、低栄養状態となり、身体的な問題が多く起きる疾患 →精神科だけでの治療は身体管理において不安なことも つまり、身体科、精神科の連携が重要! 両方に対応できる心療内科が得意としていることが多いが、 専門的対応ができる施設は限られている
#5. 摂食障害とは:分類 摂食障害 神経性やせ症 (拒食症) 制限型 断食、過活動 神経性過食症 過食性障害 過食・排出型 自己誘発性嘔吐 下剤・浣腸の乱用 このスライドでは主に神経性やせ症(Anorexia Nervosa : AN)について説明
#6. 神経性やせ症(AN)の診断基準要約(DSM-5) A) 必要量と比べカロリー摂取を制限し、有意に低い体重に至る (実臨床で疑い始めるのはBMI 17.5以下辺り) B) 体重増加・肥満への恐怖、 体重増加を妨げる持続した行動(摂食制限・過活動など) C) 自分の体重の体験の仕方の障害(ボディイメージの歪み)、 低体重の深刻さの理解(病識)の欠如 中核群は肥満恐怖・ボディイメージの歪みが顕著
神経性やせ症の診断基準と症状
#7. 鑑別診断 • 身体疾患(悪性腫瘍、内分泌疾患、消化器疾患など) • うつ病 • 統合失調症 • 不安症・強迫性障害 • 神経性過食症 鑑別のポイントは肥満恐怖、ボディイメージの歪みだが、非典型的な症例もある 精神疾患は上記疾患や双極性障害、物質依存などが併存している可能性も考慮
#8. 重症度(DSM-5) • 標準体重から比べた体重減少の程度で判断 • 標準体重の求め方には、平田法があるが、 馴染みがあって分かりやすいのはBMI • 基準を下回っていなくても、 急激に体重減少している場合は注意 • 児童は年齢別BMI%や成長曲線から評価 (期待される体重増加がないなどの経過も重要) 重症度 軽度 中等度 重度 最重度 %標準体重 75%以上 65~75% 65%未満 15未満 ・平田法(15歳以上) 身長 (cm) 標準体重 (kg) 160以上 このスライドではBMIを用いて記載 BMI 17以上 16~17 15~16 (身長 - 100)× 0.9 150~160 (身長 - 150)× 0.4 + 50 150未満 (身長 – 100)
#9. 疫学・予後 • 欧米での女性の神経性やせ症の生涯有病率は 0.4 - 4.3%※1 • 時代とともに有病率は増加しており、非典型例、未受診例も多く、 潜在的にはもっと多いと思われる • 若年女性に圧倒的に多いが、近年は男性患者も増えている • 予後不良因子は罹病期間の長さや精神疾患の併存など • 死亡率は 6 ~ 20%(飢餓による衰弱、低血糖、不整脈、自殺など) 予後は悪く、致死的な疾患だと認識し、 慢性化しないよう早期にしっかり治療することが大事 ※1:Smink FR, van Hoeken D, et al. Curr Psychiatry Rep 14 : 406-414, 2012.
#10. 症状・所見 • 精神面 肥満恐怖、ボディイメージの歪み、食事への過剰なこだわり 抑うつ気分、不安、集中困難 • 身体面 無月経、月経不順 → 産婦人科 徐脈、低血圧、低血糖、甲状腺ホルモン低下、低K など 歯の酸蝕・虫歯 → 歯科 その他、骨粗鬆症、耳下腺腫脹、吐きだこなど → 内科、小児科 主に低栄養により様々な症状が出現 →様々な科で初診となる可能性があるため、まずは疑うことが大事
各診療科の役割と連携の重要性
#11. 各診療科で対応する強み・弱み(作成者が考えた一例) 診療科 強み 弱み 産婦人科 女性が多い疾患、無月経で初診 罹患後の妊娠・出産での関わり 入院が必要な際に対応が難しいことも 内科 栄養療法、電解質異常をはじめ とした身体管理 強制的な治療が必要な場合 小児科 好発年齢の児童・思春期が初診 両親も治療に巻き込みやすい 強制的な治療が必要な場合 心療内科 身体面・心理面両方にアプローチ できる専門科 強制的な治療が必要な場合 診療科が少ない・ない地域がある 精神科 医療保護入院、身体拘束などの 法に基づいた治療設定 併存した精神疾患の対応 施設によっては身体管理に不安がある
#12. 各診療科連携のポイント • 患者と治療者との関係性も大事であり、すぐ転科が良いとは限らない (重症例は除く) • どの科で対応するか、どのタイミングで転科するのかについては、 事前に各科の密なコミュニケーション、本人・家族への説明が重要 • 転科、紹介した後も連携を続けることが望ましい →特に入院例は総合病院だと連携がしやすい • 施設、地域によっても対応する科が異なることがあるため、 実情に沿った対応が必要 (心療内科が強い地域・施設、そもそも近隣に心療内科がない、など)
専門医への紹介と治療の原則
#13. 専門医への紹介タイミング • 体重減少が進行 or 期待した体重増加が長期間得られない • 入院が必要(目安:BMI 14 以下)であるが、本人から同意が得られない場合 →身体的リスクも高いため、精神科で入院しながら身体管理は内科との連携が できる(単科病院<総合病院)ことが望ましい • 他の精神疾患が合併、不安・抑うつが強い • 心理社会的要因、家族間の問題などの対応が困難 著明な低体重(BMI 12 以下)、 重篤な身体症状(低血糖、意識障害、臓器障害、歩行困難など)がある場合は 精神科の有無にこだわらず、身体管理が可能な病院への入院を!
#14. 治療の原則:まず体重増加を目指す 摂取量の低下 肥満恐怖 ボディイメージ の歪み 低体重 思考力の低下 栄養療法 悪循環を止める必要があるが、 低体重へのアプローチが先!
#15. 治療の原則 • 矛盾しているように感じるかもしれないが、治療により体重が増えてくると 肥満恐怖は軽くなっていくことが多い • とはいえ、無理やり体重増加させることはうまくいかない、患者にとっても 辛い体験となるため、疾患について説明し、体重増加によるメリットを理解 してもらう(動機づけ) • ただし、重症度が高いほど治療の必要性が理解できなくなっている傾向にあり、 特にBMI 14 以下では自力で食事摂取し体重増加が期待できないことも多く、 救命のためには強制的な入院や栄養療法を行わざるを得ない場合もある 強制的な治療を行う際にも支持的であることは重要 (例:辛いだろうけれども、どうしても治療が必要だから、など)
体重増加の目標設定と活動制限
#16. 治療の大まかな流れ 体重の増加を確認しつつ、 活動制限の目安から 目標体重を設定 (次スライド参照) 摂取カロリー計算 (外来:0.1~0.3 kg/週、 入院:0.5~1 kg/週) 栄養療法開始 摂取カロリー調整、 電解質の補正 精神状態の改善を見ながら 必要に応じて心理療法
#17. 目標体重を決める:活動制限の目安から考える BMI 活動制限の目安 12以下 緊急入院、身体管理が必要、ベッド上安静 12~14 原則入院が必要、病室内で安静 14~15 外来対応も可能だが、自宅で安静が望ましい 15~16.5 自宅外での活動も可能だが、過度な活動は避ける 16.5以上 一応の注意をしながら一般的な生活が可能 神経性食欲不振症のプライマリケアのためのガイドライン, 2007, 一部改変 あくまで一例であり、患者の状況に合わせて考える
#18. 目標体重を決める:活動制限の目安から考える • 段階的に目標体重を設定し、体重増加に合わせて活動制限を緩める (例:BMI 14で病室内フリー、BMI 15で病棟内フリーなど) • 患者毎に多少は設定を変えても良いが、決めた後に変えない方が良い (治療途中で枠を壊そうとする動きが出るのも一つの特徴であるため) • 退院後一時的に体重が減ってしまったとしても即再入院とはならない、 BMI 16.5 辺りを退院目標にすることが多い • 体重測定の条件も統一しておく(測定するタイミング、服装など)
栄養療法の開始と治療の違い
#19. 摂取カロリーの計算 → 栄養療法の開始 • エネルギー必要量 = 基礎代謝量 × 活動係数 (自宅内で生活 1.3、社会活動 1.5) • 基礎代謝量の計算には様々あるがハリスベネディクトの式が有名 (日本版 男性:66 + 13.7 × 体重kg + 5.0 × 身長cm – 6.8 × 年齢、 女性:665.1 + 9.6 × 体重kg + 1.7 × 身長cm – 7.0 × 年齢) • 神経性やせ症患者の場合、基礎代謝量が大きく算出される点に注意 • 初回投与は 500 ~ 1000 kcal/日 程度から開始 → 漸増していく (細かいプロトコルは施設によって異なる) 特に、絶食期間が長い場合は目標カロリーの半分ぐらいから摂取を開始 実際体重増加を得るためには計算した以上のカロリーが必要となることがある
#20. 外来と入院における治療の違い 外来 入院 電解質のチェック、補正 食事・活動状況の把握 細かくは難しい 比較的容易 体重増加のペース ゆっくり(0.1~0.3 kg/週) 早目(0.5~1 kg/週) 食事内容 本人、家族による 決められた食事 その他注意点 比較的早いペースで摂取カロリー 本人の食事内容を否定せず、 極力1日3食、必要なカロリーに を上げていく(ある程度プロトコ 近づけるようなアプローチ ル通りに) 入院治療の切り替えも視野に 経口摂取が困難→経管栄養へ 入れて、本人・家族には事前に (拒否が強く、抜去するなど安全 に行うことができず、命の危険が 説明しておく ある場合は身体拘束が必要となる ことも)
治療中の注意点と心理的側面
#21. 治療中気を付けること(身体面) • 低K → 不整脈に注意、緩徐に補正する • 低P → 次スライド参照(Refeeding Syndrome) • 低血糖 → ブドウ糖液の点滴、ウェルニッケ脳症予防にビタミンB1投与 • 肝障害 → 低栄養・再栄養どちらでも生じる (再栄養時に起きた場合は投与カロリーの一時減量も検討) • 腹部膨満、腹痛 → 器質的異常がないか注意 • 浮腫 → 重度の時は利尿剤使用も検討 基本的には栄養療法の継続で改善する こまめな身体診察、血液検査、バイタルサイン・心電図モニター管理などが大事
#22. Refeeding Syndrome(再栄養症候群) • 再栄養時に起きる、様々な代謝異常、電解質異常の総称 • 特に、低P(リン)血症は意識障害、心不全など命に関わるため注意 • 絶食期間や投与カロリーにもよるが、治療開始から1週間以内にリンが 低下しやすい • ビタミンB1や亜鉛などの微量元素も不足しがち • 治療前の体重が低く、栄養状態が悪いほど起きやすい 予防のポイントは少ないカロリーから開始すること、 リンを中心とした電解質、微量元素のモニタリング・補充
#23. Underfeeding Syndrome • Refeeding Syndromeを恐れるあまり、投与カロリーが少な過ぎることで 死亡する例がみられた (5~10 kcal/kg/日 → 体重 30 kgの場合 150 ~ 300 kcal/日) • Refeeding Syndromeのリスクが高い患者でも可能な限り速やかに 投与カロリーを増やす必要がある(少なくとも 20 kcal/kg/日) • 特に入院治療では身体状況が悪い場合が多く、速やかにある程度の 再栄養を行う必要があるため、厳密な身体管理の下、比較的高カロリー での栄養が行われる傾向にある
#24. 治療中気を付けること(精神・行動面) • 体重が増加してくると心理社会的背景が顕在化することがある 例1:家族に対して攻撃的になる(入院させたと責める、退院させてくれないと○○する) 例2:家族が食行動を監視しすぎ、無理やり食べさせる、叱責するケース → 心理療法が重要、家族と本人の関係に対して介入するきっかけにも • 過食や食事を捨てたり、隠れて吐いたりすることが見られることも → 不自然に体重増加のペースが落ちた時には疑う必要がある • 頻回に体重測定しない → 体重へのこだわり、不安が悪化するおそれ 逆に言えばここをしっかり取り扱うことで治療が進んでいくともいえる 家族も一緒に治療に協力してもらう必要がある
フローチャートによる治療方針
#25. フローチャート Yes No BMI < 14 重篤な身体症状 (意識障害、不整脈など) 特に身体治療を優先 本人の入院の同意 激しい精神症状 (自傷、希死念慮など) 精神科 身体科、心療内科 精神科 心療内科 本人の入院の希望 外来治療 総合病院で 治療経過が悪い 入院治療 あくまで簡易的なものであり、個々の状況・地域の実情によって異なる (BMI 14以下は全例入院、14以上だから絶対外来でOK、という訳ではない)
#26. Take Home Message • 肥満恐怖・ボディイメージの歪みに注目して、悪性腫瘍を始めとした 身体疾患やうつ病、強迫性障害などの精神疾患を鑑別する • 地域・施設の実情に合わせた各科の連携、家族も巻き込んだ治療が重要 • BMI < 14 は入院が必要となることが多く、医療保護入院が必要なら 精神科の介入が必要となる • 栄養療法はrefeeding、underfeedingに注意しながら、 摂取カロリーや電解質の調整を行う
参考文献と今後の展望