テキスト全文
糖尿病患者の消化器症状とDKAの関連性
#1. 糖尿病患者の消化器症状
DKAを見逃していませんか? 「腹痛」「嘔吐」「食欲低下」は消化器疾患とは限らない——代謝クライシスの入口を見逃さないために 【当直シリーズ④】糖尿病の救急対応| Dr. Ito 当直シリーズ①②③ | 糖尿病の救急対応も参照 順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病代謝内分泌内科
伊藤 直顕
#2. なぜ消化器症状でDKAを疑うのか? 糖尿病患者が「腹痛・嘔吐・食欲低下」で救急受診した場合、最初に除外すべきはDKAです。 消化器内科に紹介する前に、まず代謝緊急症を除外しましたか? 消化器疾患とDKAは症状が酷似
DKAが原因で腹痛生じることもある
見逃すと数時間で致死的になり得る
#3. 以下が見られたらDKAを想起 消化器症状 麻痺性イレウス、肝被膜の緊張
必ず膵炎を鑑別 浸透圧症状 口渇・多飲・多尿・頻尿 代償反応 頻呼吸・クスマウル呼吸・倦怠感 神経症状 意識障害・錯乱・昏睡 「糖尿病患者の消化器症状はDKAをまず除外」——これを習慣にする
DKA診断基準と血中ケトン測定
#4. DKA診断基準の確認 診断基準を満たさなくても、臨床的に疑わしければ積極的に検索します。
詳細は当直シリーズ①をご参照ください。 SGLT2阻害薬使用中は血糖正常でも該当あり
HHSは血糖600以上+有効浸透圧320以上が目安
混合型では基準を柔軟に解釈する 数値が境界でも「臨床像がDKA的」なら治療を先行
#5. 血中β-ヒドロキシ酪酸の基準値 Diabetes Management Dec. 17, 2003 まずは血中ケトンを測定 スタットストリップ:
3-ヒドロキシ酪酸とPOCTのヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼ、NADなどの反応で生じたe-を測定
この電子流を電気化学法によって検出することで3-ヒドロキシ酪酸濃度を測定
測定範囲:0.1-7.0mmol/L
測定時間:0.8μLで10秒
特徴:Htなど22種の干渉物質影響を低減 ケトメーター≥3.0の85%以上がDKA
(第266回内科地方会にてYIA受賞、第266回内科総会にて口演)
#6. DKAの機序 大量のアセチルCoA生成に伴い、TCA回路オーバーヒート(ATP産生阻害、アセチルCoA余る) グルカゴンによってβ酸化亢進、CPT-1活性化 HSL抑制できずTG分解促進→FFA、グリセロール放出(肝臓に取り込み) インスリン低下+グルカゴン増加 ホルモン感受性リパーゼHSLはインスリンによって抑制、インスリンが欠乏すると抑制が外れ、脂肪分解が制御不能となります。FFAは肝臓でケトン体産生へ、グリセロールは糖新生へと向かい、高血糖とケトーシスの二重構造が形成されます(もっと詳しく書きたいですが、長くなるので次回にします)。
DKAの機序と代謝性アシドーシスの理解
#7. DKAの本質:「TCA回路が回せない」 糖新生亢進 オキサロ酢酸が消費・枯渇する。 TCA回路不全 入口分子不足で回路が回らない。 アセチルCoA蓄積 結合先を失い余剰となる。 ケトン体産生亢進 肝でアセト酢酸・βOHBが増加。 TCA回路でアセチルCoAと結合する「入口分子」がオキサロ酢酸。
これが枯渇するとアセチルCoAはケトン体産生に向かうしかない。
#8. 尿ケトン「陰性」でも
DKAは否定できない 尿ケトン検査はアセト酢酸を検出——
しかしDKAではβヒドロキシ酪酸が優位であり、偽陰性が生じ得る 血中ケトン(ヒドロキシ酪酸)測定を優先する。
ポイントオブケア機器で迅速に測定可能です。 アセト酢酸 アセトン
呼気中へ排出、エネルギーとして利用されない 3-ヒドロキシ酪酸 アセト酢酸 3-ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼ NAD NADH + H Mediator(red)+NAD Mediator (ox)+e- + 余ったアセチルCoA
#9. ケトン体産生 → AG開大性アシドーシス AG開大性代謝性アシドーシス HCO₃⁻
枯渇 H⁺
大量放出 ケトン体
産生 余剰アセチルCoA 代償機構 H⁺ + HCO₃⁻ → H₂CO₃ → CO₂ + H₂O この反応でCO₂が増加し、
クスマウル呼吸による代償が
起動します。 DKAではβヒドロキシ酪酸が
主要ケトン体
細胞が酸性状態
クスマウル呼吸はCO₂排出による呼吸性代償
DKA治療の基本フローと脱水管理
#10. 代謝性アシドーシス
→細胞内H+が増加
→細胞内pH低下
→ATP産生酵素がうまく働かない(特にPFK、PDH、TCA回路酵素群):
→NADH/FADH2、ATP産生低下、電子伝達系への電子供給低下
→アシドーシス是正のためにNa/K ATPaseを過剰稼働させようとする
→余っているATPが消費
→嫌気性代謝に依存、Mt機能障害も進行
→細胞死
→心血管系に対して致死的影響:
①心収縮力が低下 ②血管拡張による血圧低下③カテコラミン抵抗性 アシドーシスになったらどうなるか
#11. DKA/HHS治療の基本フロー 原因精査 インスリン開始 K確認 輸液開始 Kが低値(<4.0 mEq/L)の場合は補正——
低K血症でインスリンを投与するとさらにKが低下し致死的不整脈 詳しくはDr.イワタツのDKAスライドをご参照ください。
#12. 脱水が持続すると治療が
遷延する 脱水が継続するとインスリン反応性低下・腎血流低下・ケトン排泄障害が重なり、アシドーシスが遷延します。 脱水評価項目 血圧・尿量(0.5 mL/kg/h以上)・口渇・BUN/Cr比・FeNa・補液反応性など 継続評価の必要性 翌日も脱水評価を継続する
SGLT2阻害薬使用時のDKAリスク
#13. 大量生食でアシドーシスが悪化することがある 臨床的判断ポイント 生理食塩水の大量投与(3L以上)は
高Cl性代謝性アシドーシスを惹起し得ます。 初期蘇生:生理食塩水(0.9%NaCl)
補液継続:ソルラクトなどへの切り替えを検討
敗血症伴っている場合、Lac<4.0まで補液継続
#14. 血糖正常化 ≠ DKA治癒 ケトン・AG確認 持続静注インスリン 糖輸液追加 治癒の基準 血糖値の正常化ではなく
AG正常化・ケトン陰性化・HCO₃回復で判断 なぜ継続? インスリンを早期中断するとケトン体が再蓄積しリバウンドアシドーシスを来す
#15. SGLT2阻害薬使用中は
血糖正常でもDKAを疑う euglycemic DKA(正常血糖DKA)——SGLT2阻害薬では血糖200未満でもDKAが発症し得る リスクトリガー 食事摂取不良・感染・周術期・過度糖質制限・脱水 機序 尿糖排泄→インスリン分泌低下→グルカゴン相対優位→ケトン体産生亢進 別件ですが、 飲酒によるアルコール性ケトアシドーシスにも注意
DKAのモニタリングと重炭酸投与の注意点
#16. 治療中のモニタリング指標 1 1〜2時間ごと 血糖・血圧・尿量・意識レベル 2 2〜4時間ごと 電解質(K・Na)・血液ガス・AG計算 3 24時間ごと 血中ケトン・BUN/Cr・補液量累計 4 離脱基準 AG正常・pH≥7.35・βHB<0.6を確認 急速すぎる血糖低下は脳浮腫のリスクを高めます(特に小児・若年者)。
ただし、血糖がどれだけ低下するか的中させる先生は恐らく皆無です。
#17. DKAの誘因を必ず特定する 感染症 肺炎・尿路感染・蜂窩織炎——
最多の誘因。CRP・培養・胸部Xp インスリン自己中断ーー 服薬歴を必ず聴取 心筋梗塞・急性疾患 ACS・脳卒中・膵炎——
症状が消化器症状で隠れることがある 薬剤性 SGLT2阻害薬・ステロイド・抗精神病薬——
全薬剤を確認
#18. 重炭酸ナトリウム(NaHCO₃)投与は慎重に ガイドラインの立場 pH 7.0未満かつ循環動態破綻にて投与検討 脳浮腫リスクの増大
低K血症の悪化
不整脈、尿崩症によるショック
逆説的CNSアシドーシス インスリン+輸液でアシドーシスは改善
安易な重炭酸投与を避ける
DKAの重要なメッセージと臨床習慣
#19. TAKE HOME MESSAGE 血糖だけではDKAを除外できない 疑う 糖尿病患者の腹痛・嘔吐ではまずDKAを除外する 測る 尿ケトン偽陰性あり——血中ケトン(βHB)測定を優先 診断する βHB≥0.6 mmol/L → 血液ガス → AG開大性アシドーシスを確認 治療する 輸液→K確認→インスリン→原因精索——血糖正常化はゴールではない 見逃さない SGLT2阻害薬・飲酒・euglycemic DKA——血糖正常でもDKAは起きる 「血糖だけではDKAを除外できない」——これを臨床の習慣にしてください