テキスト全文
脳死下臓器提供の概要と目的
#2. はじめに 脳死下臓器提供には,クリアすべき多くのハードルがあり,多くのスタッフが協力しなければ実現できません.
患者の来院から臓器摘出までの流れについて,できるだけ多くの職員に学んでもらうことが,このシミュレーションの目的です.
提供可能な組織と実例
#3. 提供できる組織:皮膚(スキンバンク),心臓弁,大腿骨
ポテンシャルドナーの覚知と初期対応
#7. 症例呈示 30歳代男性
バイク走行中に乗用車と衝突した。救急隊接触時、CPA(心電図波形:心静止)。病着後、9分で自己心拍再開。
既往歴:特記すべきことなし
JCS:III-300, GCS:E1VTM1, 瞳孔:5mm/5mm, 対光反射なし
ICU入室後、体温管理療法開始
低血圧のため、昇圧剤(ノルアドレナリン, バゾプレッシン)を要する状態
#9. いやあ、予後厳しそう。臓器提供についての話をしたほうがいいのかなあ。どういうタイミングで、どんなふうに話したらいいんだろう。経験ないんだよなあ。 主治医(救急科)
#10. 救命ナース 免許証とか、保険証を確認したんですけど、臓器提供については何も記載はありませんでした。
院内コーディネーターの役割と相談
#11. とりあえず、話は早いほうがいいから、明日家族に臓器提供について話してみる。 主治医(救急科)
#12. 救命ナース 院内コーディネーターに相談しなくていいですか?
#13. 院内コーディネーターって? 主治医(救急科)
#14. 救命ナース 臓器提供の可能性がある患者さんが発生したら、相談に乗ってくれるスタッフがいるんです。
#15. う~ん、とりあえず家族に話してみて、臓器提供に前向きだったら院内コーディネーターに相談してみる。 主治医(救急科)
家族への説明と神経学的評価
#16. 解説~院内コーディネーターについて~ 当院には臓器提供に関しての院内コーディネーターがいます。
臓器提供の可能性がある患者さんが発生したときは、臓器移植ネットワークや院内(臓器提供委員会、脳死判定委員会、倫理委員会、手術室など)との連絡調整を請け負います。
#17. 院内コーディネーター一覧 医師
○○(救急科)
看護師
○○ (ICU), ○○ (手術室), ○○ (△△病棟), ○○ (△△病棟)
臨床検査技師
〇〇
#20. 息子さんの病状説明をします。
脳の損傷がひどいのに加え、心臓が止まっていたあいだ脳への酸素が途絶えていたこともあり、脳が機能していない状態です。自発呼吸や瞳孔の反応がありません。脳死になっている可能性が高く、いかなる治療をしても回復が期待できません。
臓器提供という道がありますので、考えておいてください。 主治医(救急科)
#21. 患者の母 昨日の今日の話で、とてもじゃないけど、臓器提供なんて考えられる状況じゃありません。
どうか息子の命をたすけてください!
#22. 解説~神経学的予後評価と家族説明~ 心肺停止蘇生後の患者の神経学的予後評価は、心拍再開から72時間以上経過してから行う。
臓器提供の話を切り出すタイミングが早すぎると、家族の受け入れが悪いことが多い。
神経学的予後評価の流れと家族説明
#23. 神経学的予後評価の流れ 蘇生後ケアに関する集中治療ガイドライン2021より引用
#24. 日本救急医学会雑誌 2011 臓器・組織提供におけるオプション提示をパス化した。
脳幹反射がなく、活動脳波が認められない患者をパス導入基準とした。
オプション提示の際は、ベッドサイドで、家族とともに脳幹反射の確認などを行った。
10例にパスが適用され、適用日は入院後平均4.9日であった。
4例で臓器・組織提供が行われた。
#26. 本日、入院1週間が経過しました。CTでは脳浮腫が進んでいる状態です。自発呼吸なく、瞳孔の反応がない状態が続いています。今後の方針としては、延命治療を続けるか、臓器提供するか、終末期緩和ケアがあります。 主治医(救急科)
#27. 患者の母 1週間たって、息子が小さかった頃のこととか、いろいろ思い出しながら、いろいろなことを考えました。家族で話し合った結果、臓器提供の方向でお願いしたいと思います。
#28. 家族説明文書文書作成>「臓器提供」で検索
循環管理とホルモン補充療法の実際
#31. 尿量が時間300ccかあ。尿崩症。
高Na血症にもなってきているみたい。 主治医(救急科)
#32. 救命ナース 血圧が不安定で、ノルアドとピトレシンも切れないみたいです。
#33. 解説~脳死と循環不全~ 自律神経機能障害
血管緊張低下→血圧低下
蘇生後症候群や脳傷害に伴う高サイトカイン血症
血管緊張低下→血圧低下
視床下部ー下垂体系機能障害
バゾプレッシン低下→尿崩症による脱水
ステロイドホルモン低下→カテコラミン感受性低下
甲状腺ホルモン低下→カテコラミン感受性低下
#34. 解説~脳死と循環不全~ 自律神経機能障害
血管緊張低下→血圧低下
蘇生後症候群や脳傷害に伴う高サイトカイン血症
血管緊張低下→血圧低下
視床下部ー下垂体系機能障害
バゾプレッシン低下→尿崩症による脱水
ステロイドホルモン低下→カテコラミン感受性低下
甲状腺ホルモン低下→カテコラミン感受性低下
#35. 海外ではバゾプレッシン,甲状腺ホルモン,ステロイドによるtriple hormone therapyがドナーの循環を改善し,移植成績を向上させた報告がある (Transplantation 2003)
脳死ドナーを対象としたフランスでの前向き多施設研究では,低用量ステロイド投与がカテコラミン需要を有意に減少させたことが示されている (Crit Care 2014)
日本の臓器提供マニュアルでも,ステロイドの使用について記載されるようになった 脳死ドナーに対するホルモン補充療法
#36. ホルモン補充療法の実際 ■バゾプレッシン
ピトレシン®2A+生食38mLで1単位/mLに調整する.
尿崩症に対して用いる場合は,尿量1-3mL/kg/hrを目標に,0.1単位/hrずつ増減
上限は2単位/hrまで.3単位/hr以上の投与で,血管過収縮による血流障害(腸管壊死,鼻尖部壊死など)のおそれあり.
投与量が足りないと高Na血症,投与量が多すぎると低Na血症となる→電解質異常により脳死判定できなくなる.また,特に肝臓は高Na血症に弱い.
ステロイド
ヒドロコルチゾン(ソルコーテフ®,ハイドロコートン®)300mg/day(持続または4分割)
甲状腺ホルモン
チラージン®50~100μg/day 内服
脳死判定の手順と注意点
#37. ステロイドによるカテコラミン需要減少 S- S- S+ S+ S+ 脳死とされうる状態 法的脳死判定① 法的脳死判定② S-:ステロイドなし
S+:ステロイドあり ステロイド使用例は全例がカテコラミンを離脱しえた
#38. ステロイドによる輸液需要減少~第1回法的脳死判定からの24時間輸液量~ すべて中央値を表示
#39. ステロイドの使用により 循環が安定した状態が持続するようになるため、脳死判定のスケジュールとして、休日をスキップするなど、時間に余裕ができる。
家族との面会時間を増やすことができる。
#41. 救命ナース 血圧は安定してきましたが,自発も対光もありません.
頭部CTのフォローとか脳波はどうしましょう?
#42. CTと脳波のオーダーをしておきます 主治医
脳波測定と法的脳死判定の進行
#43. 救命ナース よろしくおねがいします。
脳波とれる部屋に移動してもよろしいでしょうか?
#45. 救命ナース 先生、脳波がとれました。
みていただけますか?
#46. 通常感度はフラットだけど、
5倍感度は微妙だなあ・・・ 主治医
#47. 院内コーディネーター 脳死判定委員長に相談してみましょうか?
#48. そうですね。
お願いしていいですか? 主治医
#49. 院内コーディネーター 頭部外傷で脳死が疑われる患者さんがいての相談なんですが、
脳波をとりまして、通常感度は平坦ですが、5倍感度が微妙です。
#50. 脳死判定委員長 通常感度はフラットですけど、5倍感度は微妙ですね。平坦脳波とは言い切れません。
日をおいて再度とりましょう。
摘出手術の流れと関係者ミーティング
#51. 解説~脳死とされうる状態~ 法的脳死判定の前提条件として、「脳死とされうる状態」と確実に判定されていることが必要となる。
満たすべき条件は
法的脳死判定基準ー無呼吸テスト
=深昏睡+脳幹反射消失+平坦脳波
脳死とされうる状態と判定できてないうちは、臓器提供の話を積極的に進めないほうがよい。
#52. 平坦脳波確認の難しさ 神経学的診察で脳死が強く疑われても、平坦脳波にならない期間が数日間ある。
通常感度では平坦脳波でも、5倍感度で微細ながらも無視できない波が存在し、脳死とされうる状態となかなか判定できないことが多い。
1回の脳波のみで平坦脳波を確認することは難しいため、数日間にわたって脳波測定を繰り返し行い、経時的変化から判定される。
#53. 脳波測定の際の工夫 ノイズテストをクリアした遮蔽個室を使用
測定中はノイズ発生原因をできるだけ除去
自動ドアを作動しないようにする
ポータブルX線通行禁止
輸液ポンプ電源のコードを抜く
皮膚抵抗値を下げる
シャンプーで皮脂や汚れを除去
汗が出ないよう室温を下げる(低体温注意)
待つ
微妙なときは翌日以降に再検
#55. 脳死判定委員長 金曜日の時点では5倍感度が微妙でしたが、
本日の結果として5倍感度もフラットとしてよいでしょう。
ご家族の同意があれば法的脳死判定に進みましょう。
#56. 院内コーディネーター 移植ネットワークに連絡します
#57. 移植ネットワークコーディネーターによる承諾書作成 日本臓器移植ネットワークへ連絡 移植コーディネーター来院:第1次評価 家族との面談 家族承諾 脳死判定・臓器摘出承諾書作成
#58. 法的脳死判定前の関係者ミーティング 家族承諾 第2回法的脳死判定 第2次評価:MC来院 関係者ミーティング 第1回法的脳死判定 終了時刻=死亡確認 管理者、主治医、脳死判定委員長、臓器提供委員長、泌尿器科医師、麻酔科医師、病理医、検査室技師長、事務部、院内コーディネーター、
JOTNWコーディネーター等・・・ 初回ミーティングでは・・・
今後の予定を院内関係者で共有する
脳死判定医決定
第1回法的脳死判定開始時間決定
第2回法的脳死判定開始予定時間、集合時間決定
#60. 法的脳死判定 脳波測定→平坦脳波確認→深昏睡、脳幹反射消失確認→無呼吸テストの順で行われるのが通例。
※無呼吸テストは必ず最後に実施
法的脳死判定は2回行われる。1回目と2回目を6時間以上あける。
家族が立ち会いを希望する場合はできるだけ応じる。
#61. 【シーン8】メディカルコンサルタント来院
#62. メディカルコンサルタント① おつかれさまです。
京都大学呼吸器外科の左京と申します。
よろしくおねがいします。
早速ですが、気管支鏡で肺の状態を確認させていただきたいと思います。
気管支鏡を使わせていただいてもよろしいでしょうか?
#63. メディカルコンサルタント① 今、気管支鏡を行いました。
痰の貯留はあるようですが、吸っても吸っても湧き上がるようなものではないので、活動性肺炎は起こしてないと思われます。現時点では移植に耐えられる肺でしょう。
#64. メディカルコンサルタント② 名古屋大学循環器内科の鶴舞と申します。
エコーで心機能評価をさせてください。
エコーをお借りしてもよろしいでしょうか。
#65. メディカルコンサルタント② いま心エコーを行ったのですが、若干心機能の低下があるようです。
ドブタミンを使用して心機能サポートをしてみてください。
#66. メディカルコンサルタント ネットワークから委託された外部医師が患者状態をチェックするために来院する。
気管支鏡検査による肺のチェック、エコーによる心機能と腹部臓器のチェックが行われ、今後の呼吸循環管理についてのアドバイスが与えられる。
気管支鏡とエコーの準備が必要になる。
#68. 第2回法的脳死判定 第1回から6時間以上の間隔をあけて行われる
第2回の判定時刻=死亡確認時刻となる
患者→脳死ドナーとなる
呼吸循環管理は主治医→泌尿器科医師にバトンタッチされる
#70. 警察による検視 ネットワークCoが事前に警察に連絡し、法的脳死判定終了後の検視を依頼する。
主治医は事前に所轄警察へ連絡し、臓器提供予定であることを一報しておく必要があるが、以降の連絡調整はネットワークCoに実施していただく。
#72. 摘出手術前の関係者ミーティング 死亡確認 手術室出棟 検視 関係者ミーティング 手術室ミーティング 第3次評価:各移植チーム 脳死判定終了後ミーティングでは・・・
臓器摘出にむけた予定を院内関係者で共有する
臓器摘出術の開始予定時間等・・・ 管理者、主治医、脳死判定委員長、臓器提供委員長、泌尿器科医師、麻酔科医師、病理医、検査室技師長、事務部、院内コーディネーター、JOTNWコーディネーター等・・・
#74. 摘出手術 前日準夜帯に手術室準備
当日深夜帯に摘出チーム来院し器材準備
摘出チームと合同で摘出チームミーティング
ドナー患者入室し、黙祷後に摘出手術が開始
心臓→肺→小腸→肝臓→膵臓→腎臓の順に摘出
組織提供がある場合は血管・皮膚・骨・眼球
手術終了後、黙祷し退室へ
手術が終了するのは・・・
#77. 摘出手術終了後
家族がケアに参加される場合は、摘出の際の傷が見えない
ように配慮する
病棟スタッフ、手術室看護師、院内Co、摘出術に
関わったスタッフ等で見送る
臓器摘出後病棟に帰室 エンゼルケアの実施 お見送り
#78. おわりに 脳死下臓器提供は多くのスタッフの協力が必要です.
診療科や職種を超えたチームワークが試される機会でもあります.
臓器提供の可能性があるかもしれないと思ったら、院内コーディネーターにご相談ください.