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PDPHの定義と診断基準について
#1. PDPH ってなに? 医原性だから見逃せない鑑別と ピットフォール Dr. Y413 @ 産科麻酔
#2. PDPH(Postdural puncture headache)とは 出現のきっかけ ・ 腰椎穿刺後 5 日以内(多くは 48 時間以内) 原因 ・ 硬膜穿刺による脳脊髄液漏出 性状 ・ 鈍痛またはズキズキする頭痛、前頭部〜後頭頂部 の強い圧迫感 特徴 ・ 立位や座位にして 15 分(ほとんどは 20 秒)以内に悪化 ・ 臥位にして 15 分(ほとんどは 1 分)以内に改善 随伴症状 ・ 後頚部の硬直、嘔気、聴覚 および/または 視覚の調節障害 特徴 ・ 一般的には 2 週間以内、または ブラッドパッチ後に軽快 ・ 産科麻酔(帝王切開後や無痛分娩後)関連で起きることが多い
#3. PDPH の診断 ➢ 国際頭痛分類(ICDH-3)では以下のように定義されている A 頭痛は 「低髄圧による頭痛」 の基準と以下の C の基準を満たす B 硬膜穿刺 が施行された C 頭痛は硬膜穿刺後、5 日以内 に発現した D ほかに最適な ICHD-3 の診断がない ※低髄圧による頭痛:通常、常にではないが起立性である 座位または立位をとると間もなく有意に悪化したり、臥位をとると改善したりする ➢ ただし、 PDPH を起こした患者の 25% は硬膜穿刺に気づかれない → 鑑別診断の除外が重要
妊婦における頭痛の鑑別疾患
#4. 妊婦の頭痛、鑑別すべき疾患 鑑別疾患 機能性頭痛(緊張型、群発性頭痛、片頭痛) 高血圧性頭痛 気脳症 鑑別に要する所見 病歴、症状から診断 バイタルサイン 姿勢で変化する頭痛、CT 副鼻腔炎 膿性の鼻汁と副鼻腔の圧痛 薬剤の副作用 オンダンセトロンなどの使用歴 髄膜炎 発熱、白血球増加症、意識障害、髄膜刺激兆候(項部硬直など) 硬膜下血腫 硬膜穿刺の合併症、PDPH に続き発症 くも膜下出血 重篤で急激な頭痛の発症、意識レベルの低下 子癇前症 可逆性後頭葉白質脳症 (PRES) 頭蓋内静脈血栓症 高血圧をともなう頭痛、痙攣 頭痛、痙攣、嘔吐、視力障害、神経障害などの症状、頭部CT/MRI 子癇や妊娠高血圧腎症に好発 痙攣、局所神経徴候、昏睡 素因として、凝固能亢進、脱水、炎症性疾患および感染性疾患 問診で頭痛増悪因子などの特徴を確実にとらえることが重要
#5. なぜ頭痛が起こる?PDPH のメカニズム ➢ 脊髄クモ膜下腔の髄液が漏れ、以下のメカニズムで生じるといわれる(諸説あり) 髄液圧が低下して脳血管が弛緩、拡張 髄液圧が陰圧になり、頭蓋内の痛みに敏感な構造 (硬膜、脳神経、架橋静脈、静脈洞)に牽引力と圧力がかかる 中枢神経系のコンプライアンスが変化し頭蓋内が低血圧に
#6. PDPH はどのくらいの頻度で起こる? Statement on Post-Dural Puncture Headache Managament Approved by the ASA House of Delegates on October 13, 2021 https://www.asahq.org/standards-and-guidelines/statement-on-post-dural-puncture-headache-management ➢ PDPH のリスクファクターは 20-50 代後半のため 妊婦に好発 ➢ 硬膜外麻酔時に気付かれず硬膜穿刺(UDP: unintentional dural puncture)する頻度は 0.5〜1.5% 前後 → このうち 50~80% は PDPH を発症 ➢ 妊婦の脊椎麻酔での PDPH の頻度:0.9〜5%(高リスク) ➢ 麻酔で使用する穿刺針が太いほどリスク上昇 → 22Gで36%, 25Gで25%, 26Gで2〜12%, 26Gで2%未満、27Gで1%未満 逆に ペンシルポイント針とすればリスク減少 ➢ 麻酔科医の経験年数が少ない方がリスク高い
PDPHのメカニズムと合併症
#7. PDPH の重症度はさまざま 軽症 中等症 重症 日常生活動作 少し制限されている とても制限されている 完全に制限されている 離床 離床できている 日中離床できない時間がある 常にベッド上で過ごしている 随伴症状 なし 有無は問わない 存在する 治療反応性 非麻薬性鎮痛薬で 対応できている 非麻薬性鎮痛薬では 鎮痛不十分である 保存的治療に反応しない 自然に治る合併症なら、 経過観察しておけばいい? それは間違い!!
#8. PDPH は本当に自然に軽快するのか Persistent headache and low back pain after accidental dural puncture in the obstetric population: a prospective, observational, multicentre cohort study G Niraj, Anaesthesia. 2021 Aug; 76(8):1068-1076. ➢ 硬膜外挿入中の偶発的硬膜穿刺(ADP)の長期的影響について検討 ➢ ADP を受けた女性 90 人と、硬膜外挿入に問題のなかった対照女性 180 人をマッチさせた ➢ 主要アウトカム:18 ヵ月後の持続性頭痛の発生率 は、対照群(17.4%)に比べ ADP 群(58.4%)で有意に高かった ➢ 副次的アウトカム:ADP群では 6 ヵ月後および 12 ヵ月後の持続性頭痛の発生率が高かった 6 ヵ月後、12 ヵ月後、18 ヵ月後における腰痛の発生率は ADP 群で高かった ➢ 硬膜外ブラッドパッチは 18 ヵ月後の持続性頭痛の発生率と重症度を減少させたが、対照群との差は解消されなかった。 ➢ 結論:ADP は 持続性頭痛を含む長期罹患率 と関連する 硬膜穿刺後頭痛は自然に治るという認識には疑問が残る
#9. PDPH に起因する長期合併症 頭蓋内硬膜下血腫 ➢ 頭蓋内圧低下が原因で脳血管が過度に牽引され、架橋静脈が破綻することにより発症 下記の場合は画像検査を検討するべき(早期の根治的治療が予防に役立つ可能性がある) 姿勢で誘発する頭痛 → 神経症状への移行、頭痛の性状の変化 早期より強い頭痛 5日以上の頭痛の遷延 脳静脈洞血栓症 ➢ 硬膜穿刺による髄液漏出 ⇒ 脳静脈の拡張 → 血流速度の低下 結果として、脳静脈血栓症をきたす可能性がある 自然に軽快しない頭痛は原因の再検索が必要
PDPHの母体合併症とその重要性
#10. PDPH に起因する長期合併症の頻度 Intracranial hematoma and abscess after neuraxial analgesia and anesthesia: a review of the literature describing 297 cases Elke Me Bos Reg Anesth Pain Med. 2021 Apr;46(4):337-343. ➢ 硬膜穿刺後に続いて起こる頭蓋内血腫と膿瘍 に関する検討 ➢ 文献に報告された麻酔後の頭蓋内血腫 291 例および頭蓋内膿瘍 6 例を分析 ➢ 頭蓋内血腫は、産科的適応で麻酔を受けた 若く健康な女性 に主に発生(症例の 48%) ➢ ほとんどの症例(81%)が硬膜穿刺に関与 ➢ 最も多かった症状は頭痛(症例の 74%)であり、初期は硬膜穿刺後の頭痛に似ている ➢ 患者の 11% に永続的な神経学的後遺症がみられ、8% が死亡 ➢ 頭痛の性状が変化したり、治療に反応しなかったり、吐き気・嘔吐、目のかすみなどの神経学的徴候があったりする場合は、 硬膜下血腫 も考慮すべきである PDPH は自然治癒せず重篤な合併症に移行する可能性がある
#11. PDPH と母体合併症の関連 Major Neurologic Complications Associated With Postdural Puncture Headache in Obstetrics: A Retrospective Cohort Study Guglielminotti, Jean MD, PhD. Anesthesia & Analgesia 129(5): 1328-1336, November 2019. ➢ 2005〜2014 年にニューヨーク州の病院で出産のため麻酔を受けた女性 1,003,803 人を対象とした後ろ向きコホート研究 ➢ PDPH は神経軸麻酔を受けた女性の 0.48% に発生した ➢ PDPH を起こした女性は以下のリスクが有意に高かった 脳静脈血栓症および硬膜下血腫(調整オッズ比[aOR]18.98) 細菌性髄膜炎(aOR 39.70) 頭痛および片頭痛(aOR 7.66) うつ病(aOR 1.88) 腰痛(aOR 4.58) ➢ 主な神経学的合併症(例、血栓症、血腫)は中央値で 退院後 5 日以内 に発生した PDPH は母体合併症とも関連する重要な病態
#12. PDPH を疑ったら… PDPH は自然治癒せず重篤な合併症に移行する可能性がある PDPH は母体合併症とも関連する重要な病態 PDPH を疑ったら適切な対応が重要
PDPHの治療法とブラッドパッチ
#13. PDPH の治療 ① 保存的加療 ➢ 内服:カフェイン 900mg/日、五苓散 2 包/日 ➢ 鎮痛:アセトアミノフェン 4000mg/日、NSAIDs(ジクロフェナク 100mg/日)、大後頭神経ブロック・翼口蓋神経節ブロック ② 積極的治療 ※ moderate以上の重症度で検討 ➢ ブラッドパッチ(ゴールドスタンダード) ✓ 利点:利点:症状改善が期待できる ✓ 欠点:侵襲が大きい、再発する可能性 ✓ 禁忌:全身の感染症・発熱、背部の局所的な感染症、凝固障害、患者の拒否 ➢ 日常生活、新生児の世話が障害されるとき にはブラッドパッチを検討 (ブラッドパッチをしなかったり遅れたりするために合併症が増える可能性も) 重症度に合わせて行うことが重要
#14. PDPH の治療アルゴリズム 1. 合併症の説明、経過の見通しなど患者教育 2. 症状の重症度によるトリアージ 3. 経過観察で軽快 4. 症状の悪化または 5 日以内に大幅に改善しないケース 5. EBP または薬理学的治療 6. 根治的治療(EBP)を推奨(太い矢印) 7. カフェインまたは他の薬剤 8. 失敗、症状の悪化、または再発 9. 血液によるパッチ 10. 無効の場合、再度施行 11. 二度無効の場合、鑑別診断を見直す 12. 再度施行する場合放射線ガイド下に施行 Neal JM、Rathmell JP:Complications in Regional Anesthesia and Pain Medicine, 2nd ed. Philadelphia:Lippincott Williams&Wilkins; 2013. の許可を得て複製
#15. ブラッドパッチとは 概要 ➢ 患者の血液を清潔に採取し、 硬膜穿刺した周囲の硬膜外腔に 無菌的に血液を注射(約 20 mL) ➢ 患者が背中、臀部、首に不快感や膨満感を 訴えたところで停止 効果をもたらすメカニズム ➢ 硬膜の欠損部に血餅が形成され、髄液の喪失を阻止する ➢ 血餅が髄液を押し上げ、硬膜のタンポナーデ効果を発揮
ブラッドパッチの適応と合併症
#16. ブラッドパッチの適応 適応 保存的治療に反応しない 患者 症状が重篤 で自然軽快するまで耐えられない患者 禁忌 穿刺部の感染 抗凝固薬使用中、凝固異常 患者の拒否、同意が得られない 頭蓋内圧亢進、頭蓋内急性出血
#17. ブラッドパッチのタイミングと効果 ➢ 硬膜穿刺から 48 時間以内 に行うと有効性が低下し、再施行例が増加 ➢ 重症例では、症状コントロールのために硬膜穿刺後48時間以内のブラッドパッチを 考慮してもよい(再施行が必要な場合がある) 症状の重さによってタイミングを決める ➢ 1 回目のブラッドパッチ後に症状が緩和しない、十分な効果がないときは 複数回施行 を検討する ✓ 1 回目で完全緩解:32% 、部分的に改善:50〜80% ✓ 2 回目が必要になる症例:3分の1 ✓ 複数回施行しても改善しない例:20%
#18. ブラッドパッチの合併症 再度硬膜穿刺 背部痛(施行中、施行後数日) → EBP 中の腰痛は 50% に起こり、数日間続くことがある 局所感染 → 発熱、倦怠感、発赤、膿疱形成 神経損傷 その他に、髄膜炎、硬膜外または髄腔内血腫、くも膜炎、硬膜外または硬膜下膿瘍、馬尾症候群
PDPHのフォローアップと対応
#19. ブラッドパッチ後のフォロー ➢ ブラッドパッチ施行後は 30 分程度ベッドサイドで観察し、4 時間以内に診察、効果確認をする ➢ 施行後 48 時間は重いものを持ち上げることや過度な屈伸を避ける 診察の結果 ➢ 2 回目以降ブラッドパッチを施行するときは、ほかの頭痛の原因検索をおこなう ➢ 一度ブラッドパッチで改善して症状が再燃した場合、再施行して効果がある可能性が高い ➢ ブラッドパッチで効果なし、PDPHの診断が疑わしい、頭痛の性状が変化している、等の場合 → 神経内科に相談
#20. ブラッドパッチの代替手段 翼口蓋神経節ブロック ➢ 中等度以上のPDPHに検討 ➢ うまくいけばブラッドパッチを回避できるが、症状が緩和しない時には遅延なくブラッドパッチを検討すべき ➢ 妊婦における翼口蓋神経節ブロックとEBPを比較したretrospective studyでは… 翼口蓋神経節ブロックを1回施行した42例のうち 2回目の翼口蓋神経節ブロックが必要であった症例:5例 2回目の治療としてEBPが選択された症例:4例 2回目の翼口蓋神経節ブロックの後、EBPが必要だった症例:9例 ⇒29/42(69%)でEBPを回避 S Cohen et al, Reg Anesth Pain Med. 2018 Nov;43(8):880-884. ➢ 禁忌;局所麻酔薬中毒、顔面外傷の既往、感染、患者の拒否 ➢ EBPを拒否しているが頭痛症状が強い例などの橋渡し的な位置づけ
#21. 翼口蓋神経ブロックの方法 ➢ 局麻の神経ブロックによる作用+機械的刺激で効果を発揮 ➢ 例)1%キシロカインをひたした綿棒を鼻から挿入し、数分間留置 ➢ 効果が軽減するか否かを注意深く経過観察⇒不応例はブラッドパッチへ
#22. まとめ:PDPH を疑った時の対応 ➢ 24 時間以内に診察、カルテ記載(重症度、発症の日時、症状の持続時間が重要) ➢ 危険な頭痛をルールアウト ➢ 非侵襲的な治療(カフェイン内服、bed rest)を開始 → その後重症度を評価、ブラッドパッチ の適応を検討 ➢ 入院中、症状が治まるまで麻酔科チームのメンバーが毎日チェック 1 回目で頭痛の性状の変化 局所の神経学的な症状の出現 意識レベルの変化 非典型的な頭痛 神経内科コンサルト 画像検査を検討