テキスト全文
左房内血栓診断の問題点と経食道心エコーの危険性
#1. 左房内血栓診断の問題点 経食道心エコーの危険性と
腹臥位遅延相心臓CT
元愛知県立尾張病院循環器病センター循環器科 心臓CT担当医 やまかみ内科循環器科 山上祥司
#2. COI(利益相反) 演題発表に関連し開示すべきCOI関係にある企業はありません。
#3. 当院の患者さんで経食道心エコーの事故
冠動脈バイパス術の手術の際、咽頭穿孔となり、修復術を受けた。無事回復された。
#4. 私の人生を振り返ってTEEの事故を減少できる方法を提案したい
1)
内視鏡付き経食道心エコーの開発:現状はエコー像しか得られていない。安全性を無視して3D画像を得るように進化している
2)
愛知県立尾張病院が2003年に発表した 左心耳の血栓を偽陽性なく描出できる
腹臥位(遅延相)心臓CT
左房内血栓の診断手法とTEEの禁忌
#5. 左房内血栓 左心耳血栓の診断が必要な手技 心房細動カテーテルアブレーション
経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI):ガイドワイヤーが左房に迷入することがある。
左心耳閉鎖術
左心耳切除術
#6. 左房内血栓の診断のgold standardは経食道心エコー(TEE)
Gold standard(黄金律)とは
診断や評価の制度の高いものとして
広く容認された手法
TEEは侵襲的検査である
#7. TEEの歴史 1976年米国のFrazinらにより世界で初めて報告された。以後報告なし。
日本で名古屋三菱病院内科の久永光造先生、山口大学第二内科の松﨑益德先生により開発と臨床応用がされた。
*久永先生のホームページ
*日本で開発された診療機器
:経食道心エコー法の開発 松﨑益德
読んでみて下さい。ワクワクします。
#8. TEEの適応 心内、とくに左房内の血栓の検索
胸壁からの心エコーでは評価が不十分な弁膜疾患(僧帽弁逆流、僧帽弁狭窄、大動脈弁狭窄、感染性心内膜炎)、胸部大動脈の異常、先天性心疾患、
心臓大血管手術の評価や手術中のモニター
#9. 日本循環器学会ガイドラインTEEの禁忌(1) 食道狭窄,食道静脈瘤(red color sign[RC] 1以上),食道憩室,胃・食道術後,食道癌,胃・食道の出血・潰瘍・腫瘍,頚部・縦隔放射線治療の既往が挙げられる.また,頚椎損傷など頚部の可動性に問題がある疾患
これらの禁忌に関連する既往歴について, 検査前に問診!!して危険回避に努める必要がある.
#10. TEEの禁忌(2) 検査施行前に,出血傾向,血小板や凝固機能の異常の有無を確認することも必要である.不安定狭心症や急性心筋梗塞の発症3日以内,血圧がコントロールされていない急性大動脈解離や腹部大動脈瘤,脳出血・脳梗塞急性期,破裂リスクの高い脳動脈瘤においては適応判断や検査施行に慎重さが求められる.局所麻酔薬や鎮静薬に対する過敏症の既往も検査を施行できない理由となる.
同意書の内容と医療事故のリスク
#11. 日本心エコー図学会のガイドライン同意書1) 食道に憩室がある方、胸部・頸部に放射線治療を受けた方、食道静脈瘤がある方、食道の腫瘍がある方、食道裂孔ヘルニ アの稀なタイプ(傍食道型)がある方は、偶発症が起きる可能性がありますので、申し出て下さい。 キシロカインや抗菌薬などの薬剤にアレルギーのある方は、申し出て下さい。
#12. 同意書2) 1. 食道に潰瘍や憩室、静脈瘤などのある人はプローブがあたって食道穿孔(食道に孔があくこと) を生じたり、出血したりする 危険があるので、この検査を差し控えることがあります。肝臓病があると、いつのまにか食道静脈瘤が形成されていること があり、注意が必要です。よって、食道に異常がある方、慢性肝臓病がある方は、事前に申し出て下さい。穿孔や出血時に は手術を要する場合があります。
#13. 同意書3) 2. 食道に潰瘍や憩室がなくても、下咽頭、食道の穿孔を起こすことがあります(偶発症)。その頻度は欧米では 0.01%以下と されております。 3. そのほかに、痛み、嘔吐、気管支攣縮、喉頭攣縮、頻脈発作、徐脈性不整脈、 低酸素血症、血圧低下、血圧上昇、狭心症発 作、喉頭部出血、舌腫脹、舌下神経麻痺、反回神 経麻痺、食道損傷、鎮静下での呼吸抑制、急性大動脈解離発症、エコー探 触子を介した感染などが報告されています。
#14. 同意書4) 4. 前処置で用いる麻酔薬や鎮静薬等によるアレルギ一、血圧低下などが起き、緊急処置が必要になることがあります。 5. 重症の心臓病など、全身状態が悪い人は検査中に血圧が低下したり、不整脈をきたしたりして危険な状態になることがあり ます。 6. 食道の粘膜から出血することがあります。ほとんどの場合は、自然に止血し問題は起きません。しかし、抗血小板剤、抗凝 固薬などを内服している人は大量の出血をすることがあり、注意が必要です。
#15. 同意書5) 7. 万一、緊急事態が生じた場合は、迅速かつ適切な対応を行います。その場合には、緊急入院や手術を要することがあります。 また、死亡につながる偶発症となることもあります。 なお、不明な点がありましたら、お気軽にご相談下さい。 この検査は、患者様の診断のために実施される検査です。なぜこの検査が必要かを十分に理解なさって、この検査をお受けな さって下さい。
#16. 私の感想 この同意書は医療事故が起こった場合の医師の保身のための同意書であり、患者さんを守る意志が感じられない。
すべてを患者さんが理解しているか疑問
患者さんは危険性を理解せずに「医師にお任せします」という気持ちで同意されているのではないか。
食道憩室の頻度と医療事故の実態
#17. 患者の理解度の問題 IQ71以上85未満の境界知能のかたが14% 日本で1400万人
問診を理解していないのではないか
#18. 食道憩室の頻度 1976年杉田らの上部消化管憩室の報告では健常者に食道憩室が1.44%
69人に1人あると報告されている
頻度の多いことを問診ですませてよいのか?
(日本消化器病学会第73巻第7号p850-859)
#19. 日本医療機能評価機構 日本での医療事故が集計されている
2010年1月から2024年12月までの報告を検索した。
死亡4例 (穿孔3例、脳出血1例)
食道~咽頭穿孔12例
咽頭食道胃の損傷17例(出血14例)
舌の腫脹
鎮静剤で心肺停止1例
呼吸不全1例
当院の食道穿孔の患者は報告なくすべての事故を集計されているとは考えにくい
#20. ネットで検索 ある病院が日本集中治療医学界のポスターで発表
術中経食道心エコーで食道穿孔を起こした3症例とも死亡 すべて感染症
日本医療機能評価機構に集計以前
#21. シカゴ大学での穿孔報告 1993年から2004年まで経食道心エコーを受けた連続10000人
穿孔3例 下咽頭1例 頚部食道穿孔2例
すべて生存
Min JK.et al:Clinical features of complications from transesophageal echocardiography:a single-center case series of 10000 consecutive examinations. J Am Soc Echocardiogr. 18:925-929.2005
このように1つの大病院で複数の報告があり、経食道心エコーの施行件数から想像して日本医療機能評価機構への報告は氷山の一角ではないかと思われる
#22. ある医療安全の講習会での話 同意書で説明した合併症が起こった場合には、それを医療事故とみなさず院内の委員会への報告すらされてこない病院がある。これからは報告するようにと指導された。
感想
病院の評判にかかわるため、外部への報告がされないのは当然のことと思われる。事故を公表している病院はすごい!
腹臥位遅延相心臓CTの利点と技術的進歩
#23. 現在医療側が主体的に事故を予防する働きかけの方法 TEE術前の内視鏡検査
食道造影
1年以内の内視鏡の所見用紙の取り寄せ(たとえば歯科が内科に問い合わせたり、消化器内科が主治医に抗血栓薬などの休薬を問い合わせるように)
#24. しかしもっと改善させる方法がある。禁忌の疾患でもTEEが施行できる方法それは経食道心エコーに内視鏡を付属させること
#25. メーカーへの開発の働きかけ これまで多くの方々がメーカーに内視鏡をTEEにつける働きかけを行ってきた
当院で1年前にエコーをフジフィルムから購入して、私自身もエコーメーカー四社に働きかけた。フジのみが反応してくれたが、事故の件数を聞かれ答えたところで中断している。
#26. 内視鏡つきTEEの開発に必要なこと 現状で売れるのでメーカーは投資しないと思われる
メーカーを動かすには、これまで報告されなかったすべての事故の集計を心エコー図学会や麻酔科学会でおこなうことが必要ではないか?
山口大学の松﨑先生の寝台特急で東京のアロカへ通われたような情熱を持ってメーカーに働きかけてくれるDrの登場を期待します。
#30. 腹臥位遅延相心臓CT 心臓CTは現在320列、1心拍で16cmの奥行きの撮影ができる。心房細動でも冠動脈CTが可能となっている。
以前のようにベッドを移動し数心拍の合成でつくられた画像に比べ、造影剤が充分投与されれば境界の断面の血栓の偽陰性がありえない
経食道心エコーで描出された左房内血栓が腹臥位遅延相心臓CTで否定でき、左房内血栓のgold standardになるべきと考える
腹臥位CTによる左房内血栓の描出法
#31. 私が腹臥位遅延相心臓CTを推奨するようになった経緯についてご紹介したい
1995年愛知県立尾張病院に超高速CTが設置されるにあたり、私は国立循環器病センターで研修させていただいた。
左房内血栓を描出する仰臥位遅延相CTを学んだ。
それまでCTは1スライス1秒であったが、超高速CTは電子ビームで0.1秒で心臓の撮影が可能となった。日本で30数台導入された。
#32. 左房内血栓の描出 仰臥位遅延相 1993年国立循環器病センター放射線診療部中西 正先生は心房細動の患者に仰臥位で40-60秒の造影中の早期相、5分後の遅延相を撮影。早期相の左心耳の造影欠損は遅延相で消失するため、偽陽性を防ぐことができると報告した。 J Comput Assist Tomogr. 1993 Jan-Feb;17(1):42-5.
A pitfall in ultrafast CT scanning for the detection of
left atrial thrombi T Nakanishi
#33. 心房細動カテーテルアブレーション左房内血栓の診断が必要 1998年フランスのハイサゲール先生の心房細動アブレーションの報告
1999年には尾張病院で施行
(私の通院患者での確認)
山田功Drその後ミネソタ大学教授
肺静脈、肺静脈開口部、現在は左心房の肺静脈隔離術
肺静脈狭窄合併
左房内血栓検出のためアブレーション前後で造影CT施行
#34. 我々の経験 原因は心房の攪拌の悪さ
+
造影剤が重いために天井側にある左心耳に造影剤を注入できない 仰臥位 仰臥位 腹臥位 腹臥位 早期相 早期相 遅延相 遅延相 A ● ● A 仰臥位早期相で偽陽性 B 仰臥位遅延相でも偽陽性あり
C 腹臥位早期相(造影中開始1分後)で陰性
D 腹臥位遅延相で陰性 ● C D B
#35. 左房内血栓の描出に腹臥位は有用 仰臥位遅延相での陽性的中率は9/13の69%
腹臥位にすると早期相遅延相ともに
陽性的中率は4/4で100%
心房細動カテーテルアブレーションとCTの役割
#37. 開業して20年が経過した時点で 私の経験から左房内血栓には当然腹臥位CTで撮影されていると思っていた。
TEEよる咽頭穿孔の症例に出会い、左房内血栓のCT撮影法の現状を調べてみた。
#38. 心房細動カテーテルアブレーション 年間10万件のアブレーションのうち 2/3以上は心房細動アブレーション
#39. アブレーション用左房3D画像のために仰臥位で早期相を撮影
#40. 心臓CTによる左房内血栓の診断 CTは造影剤を入れている最中の早期相(30秒後)では左心耳が造影されず 偽陽性がよく起こる。
2015年頃に1分後に撮影する遅延相が普及しはじめたが100%の正診率ではない
#41. CTによる仰臥位での早期相 遅延相の左房内血栓の診断能 早期相(30秒) 遅延相(1分) 日本大学黒沼圭一郎: 多列化CTと2時相撮影法による左心耳検出能の検討
2019
遅延相がすべて100%の報告もあるが一部である。経験が必要とされる。
#42. 左房内血栓診断の歴史 1980年代経食道心エコー(TEE)
1998ハイサゲール先生心房細動肺静脈アブレーションの報告
2005 64列CT 仰臥位早期相のみ
2015ごろCT仰臥位遅延相の普及
2021改訂版循環器超音波検査の適応とガイドライン
CTで否定できないときTEEをする
1993 中西正先生左房内血栓の偽陽性を防ぐ仰臥位遅延相の報告
2003 我々の腹臥位CTの報告
2019トルコ腹臥位早期相の報告
2019 京都三菱病院 遅延相で仰臥位または腹臥位の報告
2020アルゼンチン腹臥位遅延相の報告
2021 横浜みなと赤十字
腹臥位遅延相の報告
腹臥位CTの診断能とガイドラインの重要性
#43. 腹臥位CTの報告 2003年に我々の報告
2019年より研究報告4件
2011年より症例報告8件
1998年から電子ビームCTがあり心房細動アブレーションをしていた施設は、尾張病院以外になかったのではないかと想像している。
現在、京都三菱病院、横浜市立みなと赤十字病院、三井記念病院、浦添総合病院、一宮西病院、で施行されている。
#44. 腹臥位CTの診断能 早期相で
感度100%
陰性的中率100%
腹臥位遅延相で
陽性的中率100%
特異度100%
抗凝固療法の進歩により腹臥位の陽性の症例数が少ない
#45. 腹臥位遅延相CTはTEEを越える 報告3つ提示
TEEで陽性
腹臥位遅延相で陰性
左房内血栓のGold standardとされるTEEの診断能を遅延相腹臥位CTは越える
将来左房内血栓のGold standardはCTか
(腹臥位遅延相CTまたはスペクトラルCT)
#46. J Thromb Thrombolysis. 2019 Jan;47(1):42-50. doi: 10.1007/
s11239-018-1742-y.
Real-time surveillance of left atrial appendage thrombus during
contrast computed tomography imaging
for catheter ablation: THe Reliability of cOMputed tomography
Beyond UltraSound in THROMBUS detection
(THROMBUS) study Tetsuma Kawaji
2019年日本循環器学会循環器イメージング賞
三菱京都病院
#47. 藤井範子;心房細動手術で診断に苦慮した左
心耳内血栓の1例:
Cardiovascular Anesthesia Vol.24 No1 2020
#48. 映像情報Medical:HOME>撮影技術 >
経皮的左心耳閉鎖術(LAAC)における術前評価 三井記念病院
#49. 日循ガイドライン 2021改訂版循環器超音波検査の適応とガイドライン
心房細動に対する除細動やアブレーション前に適切に施行された心臓造影CTで左心耳血栓が否定的な症例ではTEEは施行すべきではない。
#50. 私の心配 日循ガイドライン 2021改訂版循環器超音波検査の適応とガイドライン
CTで左房内血栓が否定できないときTEEを施行する
つまりCTで陽性と判断してTEEを施行して陰性となった場合に、CTを無視してアブレーションをすることになる。
現在遅延相が普及しているので偽陽性は少ないはず。腹臥位では偽陽性がない
感度100%のCTを無視するのは危険。
腹臥位撮影法の推奨と今後の展望
#51. 私が推奨する腹臥位撮影法
アブレーション用左房3D画像のために仰臥位で早期相を撮影 造影剤50-75ml使用(冠動脈CTのように少ないと偽陰性をきたす)左心耳が充分造影されれば終了
左心耳が造影されていない場合には腹臥位にしてそこからに1分以後に遅延相を撮影
#52. やまかみ内科循環器科のホームページに TEEの開発のお願いと腹臥位心臓CTを記載