テキスト全文
DNARの基本概念と目的について
#1. DNAR 正しく知ってますか? 動けますか? 作成:奥⼭由梨佳 監修:松澤廣希 ⼿稲渓仁会病院総合内科
#2. はじめに DNAR? 看護師と医師とで、 DNARの考え⽅が違う気がする… 「この患者さん、DNARでいいの?」 そんな疑問があがり、 このレクチャーを作りました。 ACP?
#3. このカルテ記載どうですか? • CODE:急変時DNAR • CODE:DNAR※ (※⼼肺停⽌時は胸⾻圧迫のみ⾏う。 電気的除細動なし、昇圧剤なし、挿管なし) • この患者はDNARのため、CV挿⼊はせず、末梢 ルートでできる治療のみ⾏う。
DNARとACPの違いと意義
#5. ⽬標 • DNARとACPの違いを説明できるようになる • DNAR指⽰の適応を説明できるようになる • DNAR指⽰があっても、必要な医療⾏為を 差し控えず⾏えるようになる
#6. DNARとは DNAR =Do Not Attempt Resuscitation(蘇⽣) ⼼肺蘇⽣法以外の適応がない場合に、 患者の意思に基づき、 ⼼停⽌時に⼼肺蘇⽣法を⾏わない指⽰のこと! Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指⽰に関する指針(奈良県⽴医科⼤学附属病院)
#7. ACPとは ACP =Advance Care Planning(いわゆる「⼈⽣会議」) 今後の治療・療養※について、 患者・家族と医療従事者が予め話し合う ⾃発的なプロセスのこと! ※栄養摂取⼿段、呼吸不全に対しての⼈⼯呼吸器 装着など アドバンス・ケア・プランニング Advance Care Planning(ACP)(厚⽣労働省)
DNAR指示のあり方に関する勧告
#8. DNAR指⽰のあり⽅についての勧告 (⽇本集中治療医学会)
#10. 特に間違いやすいこの3つを解説していきます! DNAR指⽰のあり⽅についての勧告
#11. DNAR指⽰のあり⽅についての勧告 • DNAR指⽰は⼼停⽌時のみに有効である。 ・⼼肺蘇⽣不開始以外はICU⼊室を含めて 通常の医療・看護については別に議論すべき。 ・「急変時」のような曖昧な語句にすり替える べきではない。 Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指⽰のあり⽅についての勧告(⽇本集中治療医学会)
#12. DNAR指⽰のあり⽅についての勧告 • DNAR指⽰と終末期医療は同義ではない。 DNARだからと⾔って、 ⼼肺蘇⽣以外の通常の医療・看護⾏為の差し控え を⾃動的に⾏ってはならない。 例)酸素投与、気管挿管、⼈⼯呼吸器、補助循環 装置、⾎液浄化療法、昇圧薬、輸液、栄養、ICU ⼊室など Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指⽰のあり⽅についての勧告(⽇本集中治療医学会)
DNAR指示の適応と誤解の解消
#13. DNAR指⽰のあり⽅についての勧告 • Partial DNAR指⽰は⾏うべきではない。 ⼼肺蘇⽣では、「救命」という⽬的を達成する ために、胸⾻圧迫や気管挿管などを⼀連の流れ の中で⾏う。 ⇨不⼗分な⼼肺蘇⽣は、「救命」という⽬的を 達成できない(Partial DNARでは意味がない)。 Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指⽰のあり⽅についての勧告(⽇本集中治療医学会)
#14. こんな時はDNAR? • 予期しない原因による突然の⼼停⽌ ⇨DNAR指⽰は適応されない! ⇨原則として、蘇⽣⾏為を⾏いましょう! DNARの基本的概念としては、 「回復の⾒込みがない」状態における⼼肺停⽌ が前提条件。 Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)指⽰に関する指針(奈良県⽴医科⼤学附属病院)
#15. 予期しない⼼停⽌の例 • 尿路感染症で⼊院中の93歳男性。 CODE:DNAR(⼊院時に確認) ⇨ 抗菌薬治療開始3⽇経っても解熱せず、 膿瘍形成がないか、造影CTを施⾏。 ⇨ 造影剤注⼊直後から息苦しさの訴えあり。 眼球は上転し、⾎圧低下もあり。 ⇨⼼肺停⽌状態とCT室からcall
#16. 予期しない⼼停⽌の例 • 造影剤によるアナフィラキシーが 最も疑わしい・・・ ⇨アドレナリン筋注で回復が期待できる! 回復が期待できる可逆的な状態については、 DNARの適応外とするのが医療における⼀般的 な考え⽅。 「疑わしきは⽣命の利益に」が原則
#17. こんな時はDNAR? • ⼼停⽌ではない急変の場合では? ⇨DNAR指⽰は適応されない! ⇨原則として、急変対応を⾏いましょう! 「急変」になってしまったら、 まずは脈と呼吸があるか確認し、急変対応 (あるなら院内救急を)!
急変時の対応とDNARの適用
#18. 補⾜:急変とは? ABCDの異常です! Airway=気道:会話可能か? Breathing=呼吸:呼吸様式、呼吸数、SpO2 Circulation=循環:⾎圧、脈拍数 Disability of CNS=意識:意識レベル 急変の予兆を早めに察知、報告、介⼊で、 予期せぬ⼼停⽌を防げます!
#19. これってDNAR? • DNARとなっている患者さんに対しては、 通常の医療の差し控えも⾏うもの。 ⇨誤りです! DNAR指⽰は、⼼肺蘇⽣以外の医療⾏為 には影響を与えないものです! ACPとして別の議論が必要です。
#20. このカルテ記載どうですか? • CODE:急変時DNAR ⇨急変ではなく、⼼肺停⽌時です! • CODE:DNAR※ (※⼼肺停⽌時は胸⾻圧迫のみ⾏う。 電気的除細動なし、昇圧剤なし、挿管なし) ⇨ Partial DNARは意味がありません! • この患者はDNARのため、CV挿⼊はせず、末梢ルートでできる治 療のみ⾏う。 ⇨DNARではなく、ACPとして議論が必要です!
#21. DNAR指⽰は ①⼼肺停⽌している ②①が予期された経過である ①かつ②の時にのみ有効な指⽰
#23. ⼼停⽌を予期できたかって、 どうやって判断する?
#24. ①何らかの疾患の終末期か? ②回復の⾒込みがない状態か? ③⼼肺蘇⽣しても治療効果が 期待できないか? ⇨患者さんの虚弱度に注⽬!
Clinical Frailty Scaleの重要性
#25. Clinical Frailty Scale(CFS) 75歳以上の⼊院患者の 死亡率(CFS 9は除く) • CFS 1-4:2% • CFS 5-6:5% • CFS 7-8:19% 院内⼼停⽌患者 の⽣存退院率は CFS>4ではゼロ! 院内⼼停⽌後に⼼肺蘇⽣を受 けた65歳以上の患者の死亡率 • CFS 1-3:54.4% • CFS 4 :66.3% • CFS 5 :78.4% • CFS 6 :83.7% • CFS 7-9:84.0% 第12回「DNARを理解しよう」エキスパートナース 39巻 14号 pp. 161:坂本壮
#26. CLINICAL FRAILTY SCALE - JAPANESE 臨床虚弱尺度 1 非常に 健常である 頑健、活動的、精 力的、意欲的な人 々である。 これら の人々は通常、定 期的に運動を行 っている。同年代 の中では、最も健 常である。 2 健常 3 4 健康管理 ごく軽度の されている 虚弱 5 活動性の疾患の症 時に症状を訴 自立からの移行 状はないものの、カ えることがあって の初期段階であ テゴリー1ほど健常 も、医学的な問題 る。日常生活で ではない。季節等に はよく管理され 介護は必要ない よっては運動をした ている。日常生活 が、症状により活 り非常に活発だっ での歩行以上の 動性が制限され たりする。 運動を普段は行 る。 よく 「動作が鈍 わない。 くなった」とか、日 中から疲れている と訴える。 軽度の 虚弱 6 中等度の 虚弱 7 重度の 虚弱 8 非常に重 度の虚弱 9 人生の 最終段階 これらの人々は、 屋外でのすべて どのような原因で 完全に要介議状 死期が近づいて 動作が明らかに の活動や家事で あれ(身体的ある 態であり、人生の いる。高度の虚 鈍くなり、高度な は介護が必要で いは知的な)、身 最終段階が近づ 弱に見えなくても、 IADL(手段的日 ある。屋内でも階 の回りのケアにつ いている。典型的 余命が6カ月未 常生活動) (金銭 段で問題が生じ、 いて完全に要介 には、軽度な疾患 満であればこの 管理、交通機関の 入浴では介護が 護状態である。 そ からでさえ回復 カテゴリーに入る 利用、重い家事) 必要である。着替 のような状態であ できない可能性 (人生の最終段階 では介助が必要と えにもわずかな っても、状態は安 がある。 にあっても多くの なる。軽度の虚弱 介助(声掛け、見 定しており (6カ月 人は死の間際ま のために、買い物 守り)が必要とな 以内で)死亡する で運動ができる)。 や1人で外出する ることがある。 リスクは高くない。 こと、食事の準備、 服薬管理が徐々 に障害され、軽い 家事もできなくな り始めるのが特 徴である。 認知症のある人々の虚弱のスコア化 虚弱の程度は、認知症の程度に対応する。 直近の出来事そのものは記憶しているが、出 来事の詳細を忘れて
#27. CODEの確認 • 本⼈の意思は? • 本⼈の意思が確認できない場合は、 家族は代理意思推定できるか? • 推定できないなら、本⼈にとって何が最善か? いずれにしろ、以下が重要! ・医療従事者からの適切な情報提供と説明 ・医療従事者と本⼈・家族との⼗分な話し合い ⼈⽣の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン:厚⽣労働省
#28. ⼊院患者CODE確認プロセス ①何らかの疾患の終末期か? NO CODEの確認へ YES YES ②原疾患により「回復の⾒込みのない状態」か? NO ③Clinical Frailty Scale(CFS)は? 5点以上(院内⼼停⽌の⽣存退院率は0%) 4点以下⇨医師が必要と判断した場合、CODE確認へ ないし、別途事前指⽰があれば確認へ
#29. DNARの患者急変時の考え⽅ ※ ⼼肺停⽌ 急変時 ⼼肺蘇⽣なし まずは脈と呼吸の確認から! ⼼肺停⽌ではない 急変対応 ※ 回復の可能性は?「予期せぬ⼼停⽌」なのか?議論の余地あり
#30. DNAR指⽰実施の難しさ • 「どこまで回復可能な病態か?」 • 「これは予期せぬ⼼停⽌なのか?」 ⇨瞬時に判断して⾏動するのは難しい! (場合によっては訴訟のリスクもある) 迷うような⼼肺停⽌時は、DNARであっても、 ⼼肺蘇⽣を開始し、対応の中で蘇⽣中⽌を判断 することが極めて現実的
症例を通じたDNARの判断基準
#31. 迷うような⼼肺停⽌って・・ 医療従事者間で、その患者が 「⼼停⽌が予期されるような経過にある」という 認識が共有されていないということ ⇨DNAR指⽰を実施するのには、そもそも 不適切な状況かもしれない!
#33. ケース① • 90歳⼥性 • 再発性乳癌及び癌性胸⽔で⼊院中 • ADL:全介助・寝たきり • CODE:DNAR 胸⽔は利尿薬抵抗性で、酸素需要も徐々に増悪 傾向だった。 今朝、脈なく呼吸していないと看護師から報告 を受けた。 ⇨このあと、あなたが⾏うべき対応は?
#34. ケース① A:DNAR指⽰の適応と判断、⼼肺蘇⽣せず 家族に連絡する B:DNAR指⽰の適応ではないと判断、⼼肺 蘇⽣を開始する
#35. ケース① A:DNAR指⽰の適応と判断、⼼肺蘇⽣せず 家族に連絡する B:DNAR指⽰の適応ではないと判断、⼼肺 蘇⽣を開始する
#36. ケース② • 80歳男性 • 感染性⼼内膜炎で⼊院、抗菌薬治療開始 • ADL:⾃⽴ • CODE:DNAR 合併症評価⽬的の造影CT撮影直後、全⾝に蕁⿇ 疹と呼吸困難感が出現し、⼼肺停⽌した。 ⇨このあと、あなたが⾏うべき対応は?
DNAR指示の適応に関するケーススタディ
#37. ケース② A:DNAR指⽰の適応と判断、⼼肺蘇⽣せず 家族に連絡する B:DNAR指⽰の適応ではないと判断、 ⼼肺蘇⽣を開始するとともに、アナフィラ キシーを強く疑いアドレナリンを筋注する
#38. ケース② A:DNAR指⽰の適応と判断、⼼肺蘇⽣せず 家族に連絡する B:DNAR指⽰の適応ではないと判断、 ⼼肺蘇⽣を開始するとともに、アナフィラ キシーを強く疑いアドレナリンを筋注する
#39. ケース③ • 75歳⼥性 • 糖尿病ケトアシドーシス後、⾎糖管理で⼊院中 • ADL:移動は⾞椅⼦ • CODE:DNAR 本⽇17時のラウンド時、眼球上転し意識レベル JCS300、⾷物残渣が⼝から溢れていると報告を 受けた。SpO2は測定不能。 ⇨このあと、あなたが⾏うべき対応は?
#40. ケース③ A: DNAR指⽰の適応と判断、⼼肺蘇⽣せず 家族に連絡する B: DNAR指⽰の適応ではないと判断、まず は脈と呼吸を確認し、急変対応する
#41. ケース③ A: DNAR指⽰の適応と判断、⼼肺蘇⽣せず 家族に連絡する B: DNAR指⽰の適応ではないと判断、まず は脈と呼吸を確認し、急変対応する
#42. じゃあ、迷ったら全例、 ⼼肺蘇⽣すればいいんだね!
DNARに関する訴訟リスクと事例
#46. 迷ったら⼼肺蘇⽣すれば良い? • 咄嗟の医療⾏為の結果、望ましくない転機に • 怒りの⽭先が医療者に向かうことも・・・ 普段から死⽣観を共有できていれば、 bestとは⾔えなくても、betterな医療 を提供できるはず。
#47. ⼼肺蘇⽣に係る訴訟のリスク • 過度な⼒による⾝体的損傷 適切な胸⾻圧迫でも、⾼齢者では容易に肋⾻⾻折を起こ すため、現実的には免責となる可能性が⾼い。 • 不要な⼼肺蘇⽣による⾝体的・精神的苦痛 脈と呼吸の確認不⼗分な状態での蘇⽣⾏為によるもの。 これも免責となる可能性が⾼い。 • DNAR指⽰を無視した⼼肺蘇⽣⾏為
#48. 先ほどのケースでは? • 「救急要請や⼼肺蘇⽣はしないという合意形成 まではされていなかった」として遺族の請求は 棄却されている。 • DNARに関して、明確な⽂書が存在していた場 合は、蘇⽣⾏為について⼀定の過失が問われた かもしれないケース。 • ただし、DNAR事前指⽰書があったとしても、 看護師の報告のみで「回復の⾒込みがない」と 判断可能かどうかは難しい。
DNARの理解と医療現場での実践
#52. 現時点での司法上の理解 ①DNARについて事前に明確には確認されて いないケース • 蘇⽣⾏為 ⇨⾏わなかったら間違いなく過失が問われる • ⼀般的な医療⾏為 ⇨⾏わなかったら間違いなく過失が問われる
#53. 現時点での司法上の理解 ②DNARについて事前に確認済みのケース • 蘇⽣⾏為 ・回復の⾒込みあり ⇨⾏わなかったら過失が問われる可能性 ・回復の⾒込みなし ⇨⾏うことで過失が問われる可能性 ・回復の⾒込み不明 ⇨訴訟のリスクを下げるには⾏った⽅が良い (家族への説明とカルテ記載はしっかりと)
#54. 現時点での司法上の理解 ②DNARについて事前に確認済みのケース • ⼀般的な医療⾏為 ⇨正当な理由なく(年齢などを理由に) 差し控えると、過失を問われる可能性が⾼い
#55. 臨床現場は複雑だから、難しい。 だからこそ、ACPが⼤事です。
#56. 本⽇のまとめ 予期された DNAR指⽰は⼼停⽌時のみに有効である。 医療・ケアチームで、⼼停⽌が予期される 経過であるという認識が共有されているか