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進谷
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医療法人社団ゆみの
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「國破れて 山河在り 城春にして 草木深し 時に感じて 花にも涙を濺ぎ 別れを恨んで 鳥にも心を驚かす 峰火 三月に連なり 家書 萬金に抵る 白頭掻いて 更に短かし 渾べて簪に 勝えざらんと欲す」
第一句・第二句が有名な杜甫の『春望』ですね。安史の乱のさなか、反乱軍に占領された長安に抑留されていた杜甫が、46歳頃に詠んだ五言律詩とされています。
国都と、それを支えていた社会の秩序が崩れても、山河は残り、春は巡り、草木は茂る。
その光景をなお美しいと感じてしまうのは、自然の荘厳さゆえなのでしょうか。それとも、人間の営みの脆さと、世界が何事もなかったかのように続いていくことの残酷さゆえなのでしょうか。
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さてと、今回は【Patient Journey】という概念について触れてみます。
ちなみに、どのくらいの方がこうした考え方を存じていらっしゃるのでしょう...少なからず、私は、医師になってからしばらくは知りませんでした。
ただ、自分自身が病気になったということも踏まえたりすると、病院というものの視方は、少し変わったりします。
普段勤務するときと通院するとき…両者ともに行く場所は変わらないのに、こんなにも違うのか、と感じます。
この違いは、需要と供給…こんな簡単な言葉でまとめられるような内容なのですが、しかしながら、人間はまた『感情の生き物』でもあります。「國破れて」の「國」が自分となったときの無常さは、「山河在り」を知っていても、計り知れず、無情を覚えるものでもあります。
だからこそ、こうした旅路の羅針盤という考え方は大事なのだと、切に思います。医療者としての私たちは「私たちが/にできること」を考えがちですが、患者という視座を持つと、正直「私がこれからどうなるか」ということの方が大事に思えるからです。
「白頭掻いて 更に短かし 渾べて簪に 勝えざらんと欲す」…
そこに描かれているのは、単に自らの老いを嘆く姿ではなく、戦乱と離別のなかで、自分の力ではどうにもならない現実に向き合う人の姿でもあります。
医療もまた、失われたものをすべて元に戻せるわけではありません。
それでも、その人が今どこにいて、どこへ向かおうとしているのかをともに見つめ、何を守るのかを考えることはできます。
今回のスライドは、少し概念としては抽象的なテーマになることと内容としてもやや理想論である節があります。
こうした部分については、皆様からの忌憚なきご意見を賜ることできれば、幸いです。
今後ともどうぞよしなに宜しくお願い申し上げます。
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