テキスト全文
63歳男性の開口障害の症例
#1. 〜病態生理で紐解く/脱キーワード診断〜 63歳男性 開口障害 一宮西病院 総合内科 若山 裕人
#2. 症例 63歳男性 【主訴】口が開けづらい
【既往歴・既存症】腰椎椎間板ヘルニアでブロック注射
【内服歴】なし
【アレルギー】なし
【生活歴】 いすみ市在住 田舎で草むらに定期的に入る
海には定期的に行く 庭のガーデニングが趣味
ペット:犬を飼っている
飲酒:日本酒2合 喫煙:20本/日 13年間以後禁煙
健診:上部内視鏡は58歳、下部内視鏡未検、便潜血陰性
#3. X/7/2 X/7/7 口の開きづらさを自覚。 両側の軽い前頭部痛、微熱が出現。顎が開きづらい。食事をあまり食べたくない。 両下肢の重だるさ・痛み・全身の倦怠感が出現。 X/7/8 歩行時に両側の下肢の痛みが増強。膝周りの痛みで腓腹・大腿の痛み X/7/9 症例 63歳男性
#4. 【現病歴 一部詳細に記載】
生来健康で治療中の病気はなし。
7/2頃から食事のとき顎が痛く、口が開きづらい。7/7から両下
肢の重だるさ、痛み、倦怠感が出現。仕事は通常行ったが両
側膝関節周囲の痛みと大腿・腓腹のひどい筋肉痛のような痛
み。 7/9から軽い両側の前頭部痛、微熱が出現。顎が開かな
くてというより食欲がない。7/13に当院に精査入院。
同日感染症内科に併診依頼あり。 症例 63歳男性
身体所見と血液検査の結果
#5. 身体所見① BP 129/79 mmHg, HR 94 回/分 SpO2 98%(room air), BT 37.6度
側頭動脈圧痛なし 顎関節周囲の痛みで1横指以上開口不可
顎関節に圧痛なし 咬筋・側頭筋に圧痛あり 顎骨叩打痛なし
眼球結膜: 正常 頸静脈拍動は胸骨角+0cm
心音 整, 3LSBにLevine2/6の収縮期雑音を聴取 呼吸音:清
腹部: 膨満, 軟, 腸雑音30秒間で30回低調な蠕動音聴取
腸雑音聴取 肝2横指触 脾不触 脊柱叩打痛なし
四肢:両側大腿部筋把握痛あり 等尺運動で疼痛あり 大腿
骨・脛骨に介達痛なし 浮腫なし 膝関節は屈曲・伸展正
#6. 身体所見② 脳神経:Ⅰ〜Ⅻ正
感覚:触覚正 痛覚正 位置覚正 振動覚未検
運動:MMT 上肢5/5 膝屈曲4/4 伸展5/5 肘屈曲5/5 伸展5/5
股関節屈曲5/5 伸展5/5 足首背屈5/5 底屈5/5
筋トーヌス正(頸部、上肢、下肢) 容積正 不随意運動なし
高次機能:見当識正 記憶正
反射(R/L):下顎- 上腕二頭筋+/+ 橈骨+/+
上腕三頭筋+/+ 尺骨+/+ 膝-/- 踵-/-
歩行:様式正、病室内を3往復した程度で膝回りの疼痛を訴え
歩行をやめる
#7. 血液検査(X/7/13) APTT 25.2 秒 PT 89.0% HbA1c 7.0 % 血液培養
7/13、7/15陰性
#8. 血液検査 抗核抗体<40 MPO-ANCA<1.0 抗SS-A抗体陰性 抗SS-B抗体陰性 クオンティフェロン陰性 βDグルカン 0.2 HBs抗原陰性 sIL2 1041 尿検査 PR3-ANCA<1.0 HIV抗体陰性 PH 1.039 尿蛋白1+ 赤血球 1-4/HPF 円柱なし 尿潜血 -
プロブレムリストと経過まとめ
#9. 【プロブレムリスト】 What’s your diagnosis ?
#10. 【頭頸部胸腹部造影CT】 血管正 顎関節周囲正
#11. 【入院後経過①】 X/7/13 X/7/14 頸動脈エコー(技師施行):halo signなし 血管正 上腕動脈エコー:鎖骨下-上腕動脈に血管壁肥厚なし X/7/15 総合内科に精査入院。頭頸部-骨盤造影CT:異常所見なし “破傷風”の疑いで暗所管理、MNZ、テタノブリン開始 診断手技を施行 入院後も開口障害は持続し、連日発熱が持続 口腔外科医診察:顎関節正 眼科医師診察:眼底正
#12. 【経過まとめ】 63歳男性の7月初旬から開口障害が出現 1週間ほどして発熱、全身倦怠感、下肢痛が出現 口腔外科、眼科の診察は正で側頭動脈USも正 抗体含む血清学的検査は全て陰性
入院後の経過と診断手技
#13. 【プロブレムリスト】 #1 発熱症 #a 開口障害 #b 急性両側下肢痛
#14. 【プロブレムリスト】 What’s your diagnosis ?
#15. 【入院後経過②】 X/7/18 X/7/20 X/7/24 診察時に開口閉口の繰り返しで顎跛行が出現 再度側頭動脈エコーで側頭動脈に壁肥厚 側頭動脈生検施行。 ステロイド 60mg開始。
開口障害の思考回路と診断
#18. 病態生理で紐解く/脱キーワード診断プロブレムの立て方
#19. 開口障害 筋肉痛 組み合わせで診断名を想起 その病気に当てはまる・当てはまらない推論 1つ1つの事象の分析が甘く、事実からかけ離れる 発熱 【診断とは】
#20. 【思考回路】 野球ボールだとすると・・ テニスボールだとすると・・ この物質の大きさ・形・重さ
硬さ等に関して分析 【診断とは】 という当てはめる思考ではなく
診断の根拠と事象の分析
#21. ・診断は根拠事象を持って集合を右に進めていく作業。 ・集合は絶対的で互いに重複があってはならない。 ・集合はカテゴリーを意識して作成する。 【診断とは】
#22. 【診断とは】 ・事実と解釈の分離を徹底的にする。 例1)胸部CTで2cm程度の腫瘍(解) 例2)骨髄穿刺で白血病細胞あり(解) ・解釈を事実として捉えているような記載の例。 2cm×2cmの境界明瞭・辺縁整・内部30HUの腫瘤(事) 細胞質が赤血球の2倍で薄い紫色で類縁形で核が細胞質の90%程度をしめ核小体が目立つ濃い紫色の細胞を認める(事) 【診断とは】
#23. 【診断に関して】 ・診断は病気を当てるゲームではない。 ・診断は患者の体に何が起こっているのかを正確に
把握し全てのプロブレムの原因と結果を評価。 ・自分が形態の評価をしているか機能の評価をしてい
るのか意識して診療に当たる。 【診断とは】
#24. 【開口障害に関して】 開口障害⊃痛くて開けられない ⊃痛くないけど開けられない
開口障害の鑑別と関連要因
#25. 【開口障害に関して】 開口障害⊃痛くて開けられない ⊃痛くないけど開けられない
#26. 【開口障害に関して】 開口障害(疼痛有)⊃神経 ⊃骨 ⊃筋肉 ⊃血管 ⊃関節
#27. 【開口障害に関して】 顎跛行、咬筋圧痛あり 骨叩打なし エコーで壁肥厚あり、圧痛なし 触覚正、温痛覚正 関節可動痛、圧痛なし 開口障害(疼痛有)⊃神経 ⊃骨 ⊃筋肉 ⊃血管 ⊃関節
両側下肢痛と側頭動脈炎の関係
#29. 両側下肢痛⊃皮膚 ⊃骨 ⊃筋肉 ⊃神経 ⊃関節 【両下肢痛に関して】
#30. 両側下肢痛⊃皮膚 ⊃骨 ⊃筋肉 ⊃神経 ⊃関節 【両下肢痛に関して】 触診で正 介達痛なし 股関節・膝関節の可動痛痛なし 反射正 等尺運動頭痛あり、筋把握痛あり、CK上昇なし、MRIで高信号
#31. 【側頭動脈炎に関して】 Eye (Lond). 2023 Aug;37(12):2365-2373.から一部改変 血管病変 眼病変 PMR症状 全身倦怠感 新規発症の頭痛 頭皮の痛み 顎跛行 虚血性視神経炎 急性網膜動脈閉塞 脳神経障害/外眼筋虚血 滑液包炎 近位筋の疼痛 明け方に増悪 発熱 寝汗/倦怠感 体重減少/食欲低下
#32. 【側頭動脈炎の開口障害】 開口障害は咬筋(外頸動脈の枝の
顎動脈で栄養)の虚血と推測。 開口障害は稀だが顎跛行の進行
した状態と推測されている。 Japanese Jorunal of Orofacial Pain 10(1):55-63,2017 臨皮 66 巻 13 号 2012 年 12 月 開口障害のある患者では突然発症
で進行が早く眼病変の合併が多い。 Annals of the Rheumatic Diseases 61(9):832-3
破傷風の病態と臨床症状
#33. 【側頭動脈炎と筋炎】 血管炎による筋症の患者ではCKの上昇が乏しい 巨細胞性動脈炎でPMRの合併のない筋炎、筋膜炎が稀に見られる Autoimmun Rev. 2022 Mar;21(3):103029. Rheumatology, Volume 58, Issue 12, December 2019, Page 2211
#34. 【破傷風】 破傷風の潜伏期は平均約8日である 4つの型があり全身性破傷風の頻度が多い グラム陽性桿菌、偏性嫌気性菌である 全身型では骨格筋の強直性痙攣と断続的な
筋痙攣が特徴、80%以上に開口障害を認める Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, Ninth Edition 破傷風の開口障害は側頭筋と咬筋が硬直することで起こる
#35. 【破傷風の臨床症状】 医学のあゆみ Vol. 277 No. 1 2021. 4. 3
#36. 【破傷風に関して】 The Lancet Volume 393, Issue 10181, 20–26 April 2019, Pages 1657-1668 Wikipediaより
破傷風の治療とまとめ
#37. 【破傷風の治療】 毒素の取り込みの予防 ※いづれもエビデンスには乏しい デブリドマン+抗菌薬(MNZ or PCG) 7-10日間 テタノブリン500単位筋注 破傷風ワクチン 支持療法(筋痙攣と交感神経の抑制) 遮光し静かな部屋で管理 ベンゾジアセピン、神経筋遮断薬、Mg、βブロッカー
#38. 【take home message】 ・一つ一つの事象を論理的に考える ・開口障害は痛いか痛くないかで鑑別 ・解剖学と病気の性質を組み合わて鑑別