テキスト全文
直腸脱の影響と治療の重要性
#1. 直腸脱
「様子を見ましょう」とは言わないで! QOL 低下に直結するだけでなく、ADL 低下から生命予後にも影響します!
#2. 「様子を見ましょう」
「認知症があるから/高齢だから手術は無理」
といわれた直腸脱の高齢者に遭遇したことのある方にぜひ読んでいただきたいです。
#3. 直腸脱を見たら、適切な治療を受けさせてあげてください 直腸脱の患者さんに遭遇したら、治せる病気ですので、ぜひ適切な治療を受けるよう勧めてください。
高齢女性に多い病気ですが、骨盤内の構造のバリエーションが影響するので、若年者や男性にも生じます。また、精神疾患の影響でいきむことをやめられない場合にも発症します。
不幸な患者さんを数多く診てきましたので、僭越ながらこのようなスライドを提供させていただくことにしました。 「高齢だから・認知症だから・精神疾患があるから諦めなさい」とは言わないでください。
自己紹介と直腸脱手術の使命
#5. 自己紹介 消化器外科医です。
直腸脱の手術が私に与えられた使命だと思って頑張ってます。
直腸脱は汚いし、良性疾患なので軽く見られがちですが、手術のクオリティによって大きく術後の QOL が影響されます。
涙ながらに感謝されることもしばしばです。
直腸脱の腹腔鏡下直腸吊り上げ固定手術を、2023年は年間 60例、2024年, 2025年は 年間約 100例執刀しました。
神経を温存し、合併症や再発が少なく、子宮脱があれば同時に改善させる手術をしています。
他所で断られた患者さんも、基本的に全例治療しています。
直腸脱の定義と他疾患との違い
#7. 直腸脱とは 直腸脱(完全直腸脱)は、肛門から、粘膜だけでなく、筋肉を含む大腸の全層が反転して飛び出す病態です。
骨盤底筋および肛門括約筋の緩みや損傷、便秘などに伴ういきみなどが原因で発生します。
自然治癒は期待できず、骨盤底筋体操などを頑張っても治ることはありません。
治療には必ず手術が必要となります。
#8. 脱肛(肛門脱)・直腸粘膜脱との違いは? 脱肛 (肛門脱) は、内痔核が脱出した状態です。
直腸粘膜脱は、直腸の粘膜のみが肛門から脱出した状態です。
いずれも、直腸壁自体が脱出してくるものではなく、直腸脱 (完全直腸脱) とは全く異なる病態です。 直腸脱 直腸粘膜脱 脱肛
#9. 直腸脱は肛門疾患ではなく、直腸の疾患です 直腸粘膜脱・脱肛は、肛門疾患です。
直腸脱は、肛門疾患ではありません。肛門が全く正常であっても生じうることから明らかなのですが、意外と理解されていないのが現状です。
もちろん、直腸脱には肛門の弛緩が影響しますし、直腸脱によって肛門機能が低下しますので、複合的な疾患であることは間違いがありません。
しかし、治療すべきは、肛門ではなく、固定不良となった直腸なのです。
歴史的には、肛門科にて治療していましたが、これは、経腹的な治療が現実的に過大侵襲であったからです。現在は、腹腔鏡がありますから、再発のほとんどない低侵襲治療が可能です。
直腸脱の標準治療と手術選択
#11. 全身麻酔がかけられるなら腹腔鏡手術が第一選択 日本大腸肛門病学会 による 肛門疾患(痔核・痔瘻・裂肛)・直腸脱診療ガイドライン 2020年版での術式選択のフローチャートは下図のとおりです。
#12. 実際のところどうなの? ほとんどの症例で腹腔鏡手術が可能です。
高齢女性に多い疾患ですが、実際には、全身麻酔がかけられない症例は意外と少ないです。
筆者の経験では、90歳以上の超高齢者の直腸脱約80名においてさえ、全身麻酔がかけられないという理由で腹腔鏡手術を諦めたことはありません。
術後1か月以内の他病死を一例経験しましたが、退院後の初回外来ではお元気そうでしたので、手術が強く影響したとは考えにくいです。
これまでに諦めたのは、門脈圧亢進に伴う巨大脾腫・大量腹水貯留例、進行癌末期などの3例のみです。
腹腔鏡手術の利点と手術法
#13. なぜ腹腔鏡手術が良いのか 腹腔鏡手術 = 経腹的な直腸吊り上げ固定術です
要するに、正常な解剖に戻し、そもそも腸管が出てこないようにする手術です。
すなわち、理論的に正しい、根本的な治療といえます。
(技術があれば) 併存する子宮脱も (多くの場合は) 同時に治せます
腸管や粘膜を切除する必要がありません
#14. 昔からある経会陰手術はどうなの? 経会陰手術にはさまざまな術式がありますが、概して再発率や合併症率が高く、術後のQOLが高いとは言えません。
デロルメ法 (粘膜スリーブ切除術)脱出した直腸の粘膜を切除してから、直腸の筋肉を縫い縮める方法です。
アルテマイヤー法 (経会陰的直腸S状結腸切除術)脱出した腸管を経会陰的に切除します。 デロルメ法では対応できない比較的高度な直腸脱が対象です。腸管の切除と吻合を伴いますので、縫合不全の可能性があり、腹膜炎など重篤な合併症を生じるリスクがあります。
ガント-三輪手術 (脱出直腸の粘膜を絞り染め式に縫い縮める方法) …日本だけの手術です
ティルシュ手術 (肛門周囲に糸をかけて肛門を縫い縮める方法) …ガント-三輪手術に併用
#15. 必要なければ腸管や粘膜を切除しないべき (私見) 単純に考えて、必要なければ直腸・S状結腸や直腸粘膜を切除しないべきと筆者は考えます。
例えばアルテマイヤー法ですが、便が貯留すべき直腸を切除してしまうこの術式は、切除しないで治す術式と比べて劣ることは明らかです。
腹腔鏡による直腸吊り上げ固定術は、何も切除しません。
直腸周囲を広く剥離すると、直腸への神経が切離されてしまい、術後の便秘につながりますので、私は全例で神経温存しています。
腹腔鏡下の吊り上げ手術後は便秘になるから腸管切除を併用するという意見には賛同しかねます。神経を切らなければいいのですから!
再発率と合併症のリスク
#16. 再発率は低く、合併症は少なく 概して腹腔鏡手術は再発率が低いとされますが、その中でも術式やメッシュ使用の有無により成績は異なります。
メッシュを使用しない縫合固定のみの術式では 5~10%程度、メッシュを使用する術式では2~5%程度の再発率の報告が多いです。
フォローアップ期間やフォローアップの方法で把握できる再発は変わってきますので、論文などを読む際には注意が必要です。まじめに再発を拾う施設ほど再発率は高くなります。
メッシュによる合併症にはメッシュ感染やメッシュ露出 (慢性的な圧迫により直腸壁が壊死してメッシュが直腸内腔に露出する) があります。
メッシュを使わなければ生じえないので、それを理由にメッシュを使用せず再発率が高くなることをやむなしとする考え方もあります。
筆者はメッシュによる合併症を生じない術式にすることが解決策と考えています。これまでのメッシュ使用 250例ほどにおいて、メッシュトラブルは皆無です。
#17. 再発率はこんなに違います J Anus Rectum Colon. 2020 Jul 30;4(3):89-99.
Surgical Treatment of Rectal Prolapse in the Laparoscopic Era; A Review of the Literature
より、レビュー対象の論文のうち、もっとも症例数の多かった論文について表を作成
#18. 経肛門手術が圧倒的に多く行われている理由は? 日本では未だに70~80% に
経肛門手術が施行されています
腹腔鏡手術の技術的課題
#19. 腹腔鏡手術は、術者側の負担が大きいです 人手が要ります。
技術が要ります。腹腔鏡での縫合操作を延々とやらなくてはなりません。
時間がかかります。
私も導入当初は3時間以上かかってしまうことが当たり前でした。でも、400例近く執刀した今では、1.5~2時間です。
そもそも、腹腔鏡手術ができない医師は経肛門手術しか選択しません。
でも、それを理由にガイドラインに従わないのはどうかと思います。
#20. 腹腔鏡手術は全身麻酔なので危険と思われている? 必ず全身麻酔が必要になりますが、麻酔の技術はすごく進歩しています。
癌だったら迷わず全身麻酔で手術するのに、なぜ?
良性疾患だからリスクをとる価値がないと思われてる?
想像してみてください。肛門から腸が飛び出して、出歩くこともできず、痛みが強ければ座ることもできず、(場合によっては) 便まみれで家族からも疎まれる生活を。
実際に執刀してみると、経肛門的手術のデロルメ法やアルテマイヤー法よりも、腹腔鏡手術のほうが術後は安心です。
吻合部位がない
出血量が少ない
経肛門手術でも、全身麻酔が選択されることはしばしばあるのに、なぜ?
医師の言葉が患者に与える影響
#22. 医師の一言が、残りの人生の苦しみにつながります 「高齢なので様子を見ましょう」
高齢なので様子を見ているうちに、もっと高齢になります。しかも出歩かなくなって足腰が弱ると、どんどん弱ってしまいます。 自然に治ることがない病気に対して、「高齢なので様子を見ましょう」というのは、「高齢なので治療は諦めて我慢させたまま一生終わらせましょう」という意味です。
「診察のときは出ていないので治療の必要はありません」「気のせいですよ」
脱出した時の写真をスマホで撮ってきてもらえば一目瞭然です。
(術後再発に対して)「何度やっても再発する人は再発するので無駄です」
経会陰的手術後の再発であれば、腹腔鏡手術でほとんど治せます。
腹腔鏡手術後の再発であっても、ほとんど治せます。
完全直腸脱での再発なら再度腹腔鏡手術、粘膜脱だけなら経会陰的手術で治せます。
腹腔鏡手術の第一選択としての意義
#23. 全身麻酔がかけられるなら、
直腸脱の治療は腹腔鏡が第一選択です 最後までご覧くださいましてありがとうございました!