#4.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 ERスタッフ医師は救急隊の受傷機転に関する情報から,シートベルト損傷とダッシュボード損傷の可能性を考え,それに対する準備をスタッフに伝えました.
#5.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷初療では,CT などの検査から得られる損傷臓器に関する情報がないなかでの診療が必要となります.このような状況において,受傷機転は損傷臓器を推定するうえで非常に重要な情報です.患者が病院に到着してからでなく,病着前の受傷機転から損傷臓器を推定し,スタッフ間で共有しておくことで,よりスムーズなチームワークが可能となります.
#6.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 Trauma code を受けた外傷外科医がERに降りてきたため,情報を共有しました.
30 分後,患者が搬送されてきました.
#7.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 まず外傷外科医はfirst impression で「超急ぐケース」か
「普通に急ぐケース」を判断します.
#8.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷外科医が患者の手に触れると,冷汗/ 冷感ともありませんでした.橈骨動脈の触知は良好です.自分の名前も正確に返答できました.
腹部の身体所見を簡単にチェックすると,臍下部に圧痛を認めました.
#9.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 モニター上にバイタルサインが出ました.
#10.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 それを聞き,外傷外科医は頭部から頸部,胸部,腹部,背部,骨盤と順番に身体所見をとっていきます.腹部で臍下にシートベルト痕と同部位に反跳痛を伴う圧痛を認めました.さらにそのままeFASTも行います.
#11.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 「シートベルト痕があって,eFAST 陽性だ! 早くCT に行って,外科を呼ばないと! 手術室の準備!」と心の中で思われる方が
多いのではないでしょうか? 読者の皆さんなら,この時点で何を一番に考えるでしょうか?
#12.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 でも大事なことを忘れていませんか?
ERスタッフ医師は受傷機転からどのような損傷の可能性をスタッフに伝えていたでしょうか? そうです.シートベルト損傷とダッシュボード損傷でした.
シートベルト損傷による腹部外傷だけでなく,ダッシュボード損傷による膝,骨盤損傷も併せてチェックが必要です.
#13.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 救急隊が右膝に巻いていた包帯を
とってみると… かなり深い裂創があり,静脈性にだらだらと出血しています.
出血の中に脂肪滴があり,開放骨折が疑われる所見でした.
その後,胸部/骨盤X線を撮影しましたが,ともに明らかな外傷性変化はありませんでした.
#14.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#15.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#16.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷外科医は鎮静目的の気管挿管と を選択しました.
#17.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 このケースのように四肢の開放骨折を含む体表上の裂創から活動性出血がある場合は,止血をしてからCT 検査や経動脈的血管塞栓術(TAE) に移動する必要があります.
体表の裂創からの出血量は決して少ないわけではないと認識するべきであり,JATEC でも,primary survey において体表からの活動性出血があれば,これを止血すべきとなっています*.
創部を救急隊がガーゼや包帯で覆ってくることも多く,開けてみたら活動性に出血していたというケースもありますので,必ずこれらを除去して観察する必要があります. * 大友康裕,他:外傷初療のポイント;JATECTM Primary survey.救急医学,27:1719-1723,2003
#18.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 止血方法ですが,皮下の小動脈などからの出血は血圧をもった出血であるため,吸収糸での縫合止血が確実です.
このケースでみられたような開放骨折からの大量滲出性出血(oozing bleeding) に対しては,洗浄後に皮膚を縫合し,その上から包帯で圧迫するのがよいと思います.
圧迫するだけでなく,皮膚の縫合+圧迫を行うことで,より確実なタンポナーデ効果が期待できます.
#19.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 開放骨折の場合は,感染予防のため,皮膚縫合前に生食での大量洗浄と抗菌薬の静脈投与を忘れないことが重要です.また手術適応を決めるための整形外科医師による診察がすぐに可能なら,診察を待ってもいいと思います.
しかし,いち早く止血したいときや他部位への治療介入が必要な場合は開放創の皮膚縫合+圧迫を一時的に行っておいて,他部位損傷に対する治療/検査をどんどん進める必要があります.
当院では,整形外科医師の診察が間に合わない場合は,縫合前の写真を残すようにしています.
#20.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 右膝の縫合が終わり,再び治療選択の時間となりました. 読者の皆さんはどういう戦略をたてるでしょうか?
#21.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#22.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#23.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#24.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 単純に言えば,腹部外傷に対する手術の目的は,①止血,②腸管損傷などによる腹腔内汚染の回避の2 点であり,その適応については,さまざまな論文/ガイドラインが存在します.
Malhotra らの論文では,①循環動態が不安定,かつeFAST で液体貯溜あり,②腹膜刺激徴候がある,③胸部X 線で左横隔膜損傷が疑われる場合は手術適応ありとされています**(ちなみに右横隔膜損傷に対しては保存的加療が治療選択の候補になります***). ** Malhotra AK, et al:Blunt abdominal trauma: evaluation and indications for laparotomy. Scand J Surg, 91:52-57, 2002(PMID:12075836)
*** McDonald AA, et al:Evaluation and management of traumatic diaphragmatic injuries: A Practice Management Guideline from the Eastern Association for the Surgery of Trauma. J Trauma Acute Care Surg, 85:198-207, 2018(PMID:29613959)
#25.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 このケースは腹膜刺激徴候があり,開腹術の適応があるため,CT 検査へのアクセスが悪い施設であれば,最初から開腹術を選択するのもよいと思います.
#26.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷外科医はCT 検査で損傷臓器が明らかとなることで,手術プランがたてやすくなるという「有用性」と搬送時から一貫してバイタルサインが安定していたという「安全性」から, を選択しました(C T に行く前には,「安全性」と「有用性」を考える必要があります).
#27.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 しかし, C T 検査で造影剤漏出像やフリーエアーがなくても,腹膜刺激徴候を認めていたため,試験開腹術は行うという戦略を立てました. CT 検査が終了し,ER に戻ってきました.
バイタルサインは終始安定しています.
#28.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 上行結腸周囲に腸間膜血腫,後腹膜血腫を認めました(図A赤丸).
一部小腸には拡張像があります(図B赤丸).
また膀胱直腸窩に液体貯留を認めます(図C赤丸).
腹腔内すべてのスライス画像で造影剤漏出像やフリーエアーは認めませんでした.
#29.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#30.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 当院の手術室は違うフロアにあり,移動に10 分間程度の時間を要します.また初療室でなく,手術室で手術を行う際は,手術器具の準備や麻酔科医師との打ち合わせの時間(30 〜60 分程度)が必要となるシステムです.
このような理由から,活動性出血によるショック状態であれば,できるだけ早期の止血が望ましいことと,手術室への移動リスクを考慮し,初療室での手術を行うことにしています.
しかし,そこまでバイタルサインが切迫していなければ,手術室に移動し,できるだけERのマンパワーや場所を確保することにしています.
#31.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷外科医は,CT への移動を行っても,病着からCT 検査後まで一貫してバイタルサインが安定していたこと,CT で活動性出血を認めなかったことから,止血術までの時間的猶予はあると判断し,初療室ではなく手術室での開腹術を選択しました. C T 検査が終了してから,約60 分後,患者が手術室に搬入されました.
#32.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷外科医とアシストする外傷外科助手が手術用ガウンを着用し,胸腹部の消毒とドレーピングを行います. 外傷外科医は中下腹部正中切開で開腹をはじめました.
#33.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 外傷外科医,外傷外科助手は5点腹腔内パッキングを行って,損傷部位を検索します.Treitz 靱帯から250 cm の小腸に全層性損傷があり,腸液が漏れ出ていたため,腸鉗子で穿孔部を一時的に閉鎖し,腸液による腹腔内汚染をコントロールしました.
鈍的外傷の場合,損傷部位が1 カ所でなく,複数カ所存在することもあり,小腸損傷を見つけて満足してはいけません.引き続き,他の腸管や後腹膜血腫をチェックしていきます.
すると,CT 検査の通り,盲腸周囲の腸間膜と後腹膜に血腫を認めました.
#34.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 これら血腫と上行結腸の関係性を横断面で見ると,
右のようになっています. 上行結腸付近のピンク色の部分が後腹膜血腫です.
腹腔内から直接血腫が見えるのではなく,その間に腹膜,腸間膜が存在しています.
#35.
#36.
#37.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 血腫が存在しているということは,その部分に外傷による何かしらの損傷があったことを意味しています.
この部分の損傷で確認すべきことは,「この部位に活動性出血があるか?」ということと,「上行結腸の後腹膜側(ピンク色に接している部分)に腸管損傷がないか?」ということです.
#38.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 術中所見では,この後腹膜血腫が経時的に拡大してくることはなく,活動性出血はなさそうでしたが,そのまま後腹膜を開放しなければ,上行結腸の後腹膜側の損傷を見逃すことにつながるので,外傷外科医は後腹膜腔を「①開放する」こととしました.
#39.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 ではどのようにすれば開放できるのでしょうか?下記がその方法です.
#40.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 青色の上行結腸のすぐ外側の腹膜を切開し,上行結腸背側と腸間膜を後腹膜組織から剥離していくのがその方法です.これを「授動」といいます. 「授動」を行うことで,上行結腸の腹腔側(右図 青色)と後腹膜側(右図 紫色)の両方の腸管損傷を全周性にしっかりチェックすることが可能となります.
#41.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 閉腹後,集中治療室に移動しました.
翌日開放性右膝蓋骨骨折に対する洗浄,固定術を行い,同日に抜管しました.
#42.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 抜管も成功し,よかったよかった.と思っていた第4病日… 外傷外科医が腹部所見と腹部ドレーンをチェックしてみると,右側腹部に強い自発痛と圧痛を認め,ドレーン排液が緑色でした.
再手術の準備をして再開腹してみると,小腸縫合部の縫合不全はありませんでしたが,全周性にチェックしたはずの上行結腸の腸間膜側から消化液が漏れていました.何が起きたのでしょうか?
#43.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 実は最初の手術時に右図 の緑色の部分の腸間膜内にも血腫があり,その血腫の奥に上行結腸の壁損傷があったのです.右図 腹腔側(青色)と後腹膜側(紫色)はチェックしていましたが,腸間膜付着部(緑色)に腸管損傷があるのを見逃していたのです.
#44.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷 腹部外傷による血腫の扱い方に関する,かの有名なFeliciano の論文****(1990 年の論文ですが, 今でも光輝いている論文です. ぜひ読んでみてください)でもPericolonic hematoma(結腸壁に沿った血腫)は「Open hematoma to ruleout colonic injury(必ず開放し,壁損傷をチェックせよ)」と書かれています. **** Feliciano DV:Management of traumatic retroperitoneal hematoma. Ann Surg, 211:109-123, 1990(PMID:2405790) 外傷外科医は「絶対に同じことはしない」と心に刻み,回盲部切除を行いました.
#45.
小さな血腫のその奥には?〜シートベルト損傷
#46.
書籍紹介 ERからはじまる
外傷の治療戦略
〜外傷外科のエキスパートが教える 目の前の命を救うための確実な判断
田村暢一朗,笹口桂佑/著,内野隼材/監
5,280円(本体4,800円+税)
発行 : 羊土社
今やるべきは止血?検査?目の前の患者の様子を観察しながら,リアルタイムでさまざまな情報を統合し,次の戦略をたてていく,そのために必要な考え方と知識を解説!
#47.
実際の症例を元にした,
スタッフたちとのリアルなやりとりで
具体的に想像しやすい どんな選択肢が考えられるか?
そこから外傷外科医が何を根拠に,
どう判断したのか?
という「考え方」が学べる